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再びの「放浪記」から…(芥川龍之介 vs 阿部徳蔵)

先月の下旬に母の遺品の文庫本・林芙美子作「放浪記」を読み始めたことを記した。今丁度真ん中辺りを読んでいるが、先程二百ページで次の記載に遭遇。
《(前略)…夜、龍之介の「戯作三昧」を読んだ。「魔術」、これはお伽噺のようにセンチメンタルなものだった。印度人と魔術、日本の竹藪と雨の夜が…(後略)》

この文面は(3月×日)となっているが、前の文章(9月×日)が関東大震災直後と推測される記述につき、その翌年の大正13年3月と推測される。この頃、林芙美子は児童文芸を書いて僅かながらも原稿料を得ていたようだ。芥川龍之介の短編「魔術」は大正9年1月に児童雑誌『赤い鳥』に初掲載されているので、多少興味を持って読んだのだろうと想像する。

龍之介作「魔術」は以前読んだように思うも…ネットの青空文庫で即再読(?)をした。印度魔術を教えて貰った“私”であったが、“魔術を使おうと思ったら、まず欲を捨てなければならない!”との掟に反し、つい欲を出してしまったため、全てが2,3分の夢に帰す結末。欲は誰しも持ち合わせている訳で、その度合いに依り~善にもなったり、悪にもなったり。

芥川龍之介の「悪魔」については、土屋理義氏が東京マジックの奥座敷『マジック ラビリンス』の中の「マジックグッズ・コレクション 9回」で詳しく考察されているのでご参照の程。『この作品は芥川が小説というある種の「魔術」を扱うにあたって、文壇で脚光を浴びた…自らの欲を戒めていると、読むこともできます。』と、作者の深層を洞察されている。

阿部徳蔵(戦前の奇術研究家/著述業)は、谷崎潤一郎・佐藤春夫・芥川龍之介などの文人と交友関係にあった事は分かっているが、彼らとの交わりが始まった時期については明確ではない。しかし、芥川龍之介の「魔術」には印度魔術骨牌=トランプの賭け事について書かれている。阿部徳蔵との交友の中で閃いたストーリーに思えてならないが、根拠は藪の中??

<写真は阿部徳蔵の印度魔術の自筆画ニ枚(管理人所蔵)>
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# by ishiken55 | 2020-09-08 14:59 | 文芸 エッセイ | Trackback | Comments(0)

『放浪記』を読む(酷暑には読書が一番!)

暑い日が続きます。現在は何とか乗り越えていますが、やや涼しくなった頃に毎年暑さの反動で体調を崩すのが常でして、その状態が暑さの度合いと比例するため、今から覚悟をしています。こんな時は家で読書をしているのが一番。今読んでいるのは新潮文庫の林芙美子作『放浪記』です。これは自分で買った本ではなく、母の本棚にあった単行本や文庫本の中から、数点だけ形見として持ち帰って来た中の一冊です。

『放浪記』のPR文…「貧困にあえぎながらも、向上心を失わず強く生きる一人の女性~日記風に書きとめた雑記帳をもとに構成した、著者の若き日の自伝」との事。未だ二割程しか読んでいませんが、林芙美子は幼い頃から文才があり、木賃宿住まいの身で、アルバイトをしながら尾道高女を卒業した女性。その後男性遍歴を重ねつつ小説家に。戦後に代表作を執筆。流行作家になったものの、昭和26年に47歳で他界。

この文庫本は昭和60年版。母が勤めをリタイアし読書をする時間が多くなった時期に読んだようです。今の私に取っては文字が小さく、以前に奥州の仙人から教えて頂き購入したダイソーのハズキルーペ擬を掛けて読んでいます。36ページに…義理の祖母がキトクとの電報を受領。その祖母は“さなだ帯”の工場に通っている…との記載があり。つい「真田紐のマジック」を思い出してしまい、あれから二年かと懐かしむ。
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# by ishiken55 | 2020-08-23 10:09 | 文芸 エッセイ | Trackback | Comments(0)

広島原爆忌に黙祷し~藤井棋聖に拍手し~木村義雄名人へ辿り着く

8月6日は広島の75年目の原爆忌でした。長かった梅雨が明けたら、その後は猛暑が続き、シニアには体の対応が追い付かず、早朝のシルバー業が無い日は、(家人には気付かれないように…)ゴロゴロして体を労わっています。それでも昨日は午前中にホームセンターに行き、長梅雨で枯れてしまったピンクのペチュニアの代わりに橙色のコスモスを買い、原爆で亡くなられた方々への鎮魂花との思いも込めて、プランターの空き地に植えました。

最近の明るい話題としては、18才の藤井聡太七段が「棋聖」を勝ち取り、将棋の最年少タイトルホルダーになったことでしょうか。一昨日は王位戦七番勝負で木村一基王位に三連勝し、二冠獲得の可能性が高くなって来ました。木村王位は46才3か月で史上最年長で初タイトルを獲得したそうで、19,20日の第4局が楽しみになって来ました。とは言っても、私基本ルールは知ってはおりますが、幼い頃に将棋で遊ぶ機会に恵まれず?~ズブの素人。

木村王位の名前から、戦前から戦後に掛けて、将棋界の第一人者として知られた14世木村義雄名人の事を思い出しました。この方は最初の実力制名人で且つ最初の永世名人だそうです。戦後に台頭した升田幸三や大山康晴などの実力者とも名人を競い、勝利を得たこともあったようです。何故に木村義雄氏を突然話題にしたかと言いますと、この方は私が所属するマジッククラブに昭和11年後半~12年の年初頃に入会をされた大先輩に当たるのです。

木村義雄氏はマジッククラブに入会して間もない昭和12年4月の『TAMC会報』に、「奇術と将棋」の題で寄稿をされています。その冒頭の文面のみを転載…。
 「奇術と将棋」というと、チョット妙な対称だが、理知的で、ユーモラスな、そして想像力を絶対に必要とする奇術位将棋術の総てに似通っているものはないと思う。将棋以外、他の方面には知識の乏しい私は、話が少し難しくなると、なんでも専門の将棋術に当て嵌めて考える癖がある。
 従って、奇術にもこの「術(て)」を応用する訳だが、将棋から見た私の奇術観、とすると、これほど私の気持ちや好みにピッタリするものは極く稀れである。
 如何なる技芸でも、想像力と工夫のないものは、結局、人真似に終って本当の面白みは味わえない。その一挙手、一投足、総て創作であり、研究であり、しかも諧謔味豊かなうちに、人知れぬ苦心が払われているなぞ、他の芸術には味へぬ独特の境地と思う。
(以下かなりの長文で、著作権の問題もあり省略)
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# by ishiken55 | 2020-08-07 12:13 | マジック エッセイ | Trackback | Comments(0)

スピリット百瀬師(大嶽重幸さん)を偲ぶ

スピリット百瀬師は今年の54日に逝去。私がマジックの再生を思い立った25年前以降になりますが、八重洲口のトリックス店で髪を束ねた怪しげな人物に度々遭遇。一見し訳ありの方とは思いましたが、過去の自分の関わりの中で思い浮かぶ事もなくその後能勢裕里江さんのステージを観る機会が度々あり、傍らにその怪しげな人物が毎回付き添われている事に気付きました。それが百瀬師を知る始めでした。

5年前に所属マジッククラブ(TAMC)のゲストとして、スピリット百瀬師とお弟子さんの能勢裕里江さんが例会に来会されました。百瀬師はロープマジックのコツやお得意のキュウリ切りを演じてくださり、裕里江さんは大型サイズの六枚シルクを演じられました。二次会にも参加されましたので、お二人にお聴きしたいことが色々ありましたが、早々に自分が酩酊域に入ってしまい、気持ち良くお酒を味わう唯のジジイに…。

時が下り三年前のMN7主催「第3回天海フォーラム」で、主催者のご配慮から最前列に座り、偶々百瀬師と隣同士に。当日は沢浩氏がプレゼンター。百瀬師はマジックを始められた切掛けが沢さんにつき出席されたのでしょう。休憩時間に沢さんや高木重朗さんの事、そしてディーラー時代の裏話などをお聴きしました。但し、その時はその当時何処かで出逢っているかもとは思うものの、百瀬師との交わりは思い出せず。

百瀬師が亡くなられたのを機に、お弟子さんの能勢さんがホームページ『スピリット百瀬師備忘録』を立ち上げられ、また会友のTさんから『酔いどれ奇術師放浪記』を教示され、夫々隅々まで通読させて頂きました。そして思い出したのです!前年にクラブに昇格した昭和43年の春、学友会のクラブ費4万円を取得。その全額を「中華蒸篭」に注ぎ込めと一年後輩のN君に指示。即彼が上野松坂屋でそれを購入。

N君曰く、「松坂屋のディーラーさんが(先輩とやらに)お礼が言いたいので、連れて来て欲しい!」と言われたとの事。名前を聴くも存じ上げない方。数日後に上野松坂屋に行くと、若くて愛嬌のあるお顔の大嶽さんと初対面~当時20才と19才の若者也。その後大嶽さんはアルコール依存症となり、ホームレスとなり、そして復活してスピリット百瀬師となった事を二週間程前に知ったのでした。知らぬが仏?密かに合掌!

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# by ishiken55 | 2020-07-13 19:12 | マジック エッセイ | Trackback | Comments(0)

ミスディレクション(Misdirection)

ミスディレクション(Misdirection)は、マジックを始めた当初より奇術書で多くその文言について記されているのを読み、その重要性を認識し、マジックを演じる時にそれなりに用いて来ました。特にテーブル手品(クロースアップマジック)ではその神力に頼って演じて来ました。ミスディレクションの日本語訳は幾つかありますが、“誤誘導”が一番の適語でしょう。ただ、この“おうち(ブログ)”を開設して15年以上が経ちますが、この単語を記した記事を検索したら合計6件。何れもミスディレクションと云う文言のみで、その意味を深く掘り下げた文章はありませんでした。それは自分の中でミスディレクションは手品の必要事項との概念が頭に定着していて、敢えてその意味を記さなかったのだと思います。今回このミスディレクション想い浮かべ、小文を列記してみます。

写真は家に咲く花、ピンクが目立つ。ミスディレクションは色彩を考慮しよう。

映像ではミスディレクションは無機能。故にマジックはライブにて鑑賞しよう。

手品に限らずミスディレクションは政治の世界でも使われている事を認識しよう
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# by ishiken55 | 2020-06-23 10:22 | マジック エッセイ | Trackback | Comments(0)

百年前に阿部徳蔵が徳川義親邸で演じた奇術披露の「自筆メモ」

所属クラブにて「阿部徳蔵氏の業績研究」をpdf資料に纏めたCD版が完成したのは四年程前。当初はクラブ会員とご協力して頂いた一部の奇術研究家の方のみへの配布でした。その後高木重朗氏の本が完成し頒布をした折に、若干部を現在の会長さんに追加製作をして頂き、数部を希望者に頒布しました。故に一般のマジック愛好家の方々は、阿部徳蔵と云っても、ご存じないのではないかと思っています。

最近ある事情で保有している阿部徳蔵の資料を見返す機会があり、「阿部徳蔵氏の業績研究」に掲載をしていない貴重な資料がある事を再認識し、『宝の持ち腐れ』にならぬようにしなければと考え、少しばかりでも公開しょうと思った次第です。阿部徳蔵はマジッククラブTAMCの第二代会長を務めた方ですが、クラブ創立から遡る十数年前の大正十年頃に、華族や宮家の邸宅等で奇術を披露しています。

「阿部徳蔵氏の業績研究」では、小松侯爵邸で披露した折(大正11年5月2日)の“自筆メモ”のみ掲載しましたが、この他にも同様のメモが八点あり、今回はその後のクラブ創立に深く関わる徳川義親邸での奇術演技メモを掲載すると共に、内容が分かる範囲で解読してみました。ただ、崩し文字の判読は大変難しく、不明な1ヶ所は〇にしました。演じたマジックの内容も判別困難。これは今後の課題。

ps.
徳川義親氏は戦前侯爵でした。生まれは福井藩主(政事総裁職を務めた)松平春嶽のご子息で、尾張徳川家の養子となった方。一般には「徳川美術館」を創立された人物として有名ですが、阿部徳蔵の後援者で奇術愛好者でもありました。なお、義親氏は大正10年と昭和4年に南洋に遠征し、その時の事を昭和6年『じゃがたら紀行』として郷土研究社より刊行。昭和55年に中公文庫にて再販されています。

侯爵徳川義親氏邸(大正十年十一月十二日)

壜中のハンカチ魔法棒の飛行・・ジャリを使ったのかな?
変色・・・・・・・・・・・・・カメレオンハンカチか?
連續込み・・・・・・・・・・・この記載では現象判らず

帽中風呂敷ほどき・・・・・・・これも内容の判定が不能
ハンカチ空中結び・・・・・・・片手でのハンカチ結びか
五枚とき数多の出現・・・・・・ハンカチの取出しは確か

紙紐切り            守銭奴之夢数多の出現
手頸ぬき            電光之コイン

カード掌より掌ニバラゝ・・・・スプリングなのかも~?
腕上ヒックリかえし・・・・・・アームスプレッドかと?
指でつきさし
幻のカード
カード縮小・・・・・・・・・・小さくなるトランプか?
心理作用のカード
〇〇掌上の変化
絵札之集合

ビリヤードボール法・・「四つ玉」は後世の名称なのか?
シンブル之法・・・・・百年前の「シンブル」技に興味有
ステッキとリング
結合奇之法

紙連續・・・・・・・・・・・・名作「連理の紙」かな?
袋玉子・・・・・・・・・・・・これは今でも人気の手品
洋盃こしぬき
洋盃空中投げ
累卵之法

(以上二時間弱)
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# by ishiken55 | 2020-05-21 19:32 | マジック エッセイ | Trackback | Comments(0)

奇術関係者に取り…新型コロナ禍は太平洋戦争時以来の惨事。

緊急事態宣言が出され、全ての国民が遊興は元よりスポーツや趣味も控える生活を強いられています。芸能活動を生活の糧にされている方々に取っては、生きる上での収入が絶たれ、厳しい状況にあると想像され、この状況はこの先半年は続くものと思われます。考えてみると…八年前の東日本大震災の時も、関東では一時電車の運行が絶たれましたし、福島・宮城・岩手などは大惨事に見舞われ、生活の基盤が崩壊された方々が多くおられました。しかし今回のように全国に被害が及び、文化・芸能の活動が休止せざるを得なくなるのは、太平洋戦争時以来なのではないかと思います。命有っての人生~新型コロナウイルスの感染に最大限注意を払い、この禍を乗り越えた折には、又夫々のマジック活動に打ち込める時が来ることを信じて、やって行きましょう。

私が所属する「東京アマチュア・マジシャンズ・クラブ( TAMC)」は、昭和8年(1933年)に発足しました。ですから昭和16年(1941年)に始まった太平洋戦争を会として経験しています。私は戦後の生まれにつき、当時の事は資料で知るのみですが、戦争が進行する中で、会員の中にも従軍するため、会を離れる者も居り、クラブの名称も英語表記が禁止されて「奇術文化研究會」に改名。残ったメンバーで活動を続けたようです。発足当初は、活版印刷の会報を発行していましたが、改名を強いられる頃にはガリ版刷りの会報となりました。ただ、そのような時代背景にありながら、細々とでもマジッククラブとしての例会を継続していたことに、70年後の後輩として畏敬の念を禁じ得ません。

『 マジックは‥たかが趣味‥されど心の糧 』

※1.戦中最後の会報の最終号は昭和18年4月15日の「奇術文化研究會報9」
 (添付の写真は昭和18年1月24日発行の「奇術文化研究會報2」)
※2.太平洋戦争後の初の会報は昭和24年5月16日の「TAMC 再刊 1号」
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# by ishiken55 | 2020-04-26 19:26 | モノローグ | Trackback | Comments(0)

新型コロナウィルスの猛威からの対処は・・・

中国の武漢で発生した新型コロナウィルスは、アジアから欧米に蔓延し、イタリヤやイランで甚大な猛威を振るい、今や全世界を席捲する勢いで拡散しています。そして今年の夏に開催の東京オリンピックも1年延期されることが決定しました。自分が趣味としているマジックも3月から殆どの催しが中止となり、4月もこの状態が改善される見込みはなく、マジックを生活の糧にされているプロの方々に取っては死活問題でしょう。5月頃からは通常の活動がなされることを願うばかり…。そんな惨状の最中につき、今月は書くべき“ネタ”見つからず仕舞い。故に今回は自分の読書中の本について少々語ろうと思います。

■ 2月15日の記事で永井荷風の『断腸亭日乗 上巻』を読み継いでいる事を書きました。これは既に読み終わり、上巻よりも先に読了している下巻と合わせ『断腸亭日乗』は完読となりました。上巻の末尾に、明治三十年代後半に荷風がアメリカ及びフランスに遊学(?)していた折の日記が掲載されていて、『あめりか物語』と『ふらんす物語』を書いた背景が読み取れ興味を覚えました。そして今月の初旬に神保町を訪れた時に、東京堂書店で下記に掲載の荷風関連書を買いました。現在は集英社新書の方を読んでいます。なお岩波文庫の方は今年発行された本。興味のある方は、地方の店頭には置かれていないので、コロナに気を付けられ、東京等の都会で手にされてください。

■ もう一つ座右に置いて読んでいるのが『オーディエンス・マネージメント』です。此方はゲイ・ユニバークと云う方の著書で、米津健一氏訳・滝沢敦氏監修。2012年にスクリプト・マヌーヴァより発行された本です。マジックの個々の演目について述べられているのではなく、マジックを演じる上での考えが広く記されています。また、演じることの意味、芸術への昇華に至るまで述べられていています。実は未だ数ページしか真面に読んでいないので、これ以上は的外れな記述になる恐れがありますので、手を休めます。それでは冒頭に書かれた太字の文章を転記させて頂き、今回の記事を閉じることに致します。

ショーというものはステージで行われるものではないし、
 演者の手元で起こるものでもない。
  全ては観客の心の中で繰り広げられるのだ!
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# by ishiken55 | 2020-03-26 15:03 | モノローグ | Trackback | Comments(0)

2020奇術の祭典「和妻の世界」にて『水芸』を生観賞!

2月22日(土)は「新百合ヶ丘21ホール」で開催の日本奇術協会主催~2020奇術の祭典『和妻の世界』を観に行きました。既に半世紀以上前になりますが…まだ学生だった頃にひょんな事からボランティアサークルの仲間になり、新宿から小田急線で町田の児童施設に慰問に訪れていて、社会人になってからも含め十回程通った当時を思い出しつつ、窓外をセピア色に変換して眺め??…当時は無かった新百合ヶ丘駅に降立ちました。目的のホールは駅から徒歩1分と書かれていたので、直ぐ分ると思っていたら、改札口を出で、どの方向に行けばよいのか皆目見当がつかず、二人に尋ねても埒が明かず、駅の案内所を紹介され、そこで詳しく教えて頂き、その後1分程でホールに到着しました。

いつも乍前置きが長くなりましたが、正味二時間程に渡り『和妻の世界』をたっぷりと堪能させて貰いました。何れの演者も良く知られたプロマジシャンの方々。夫々個性を生かしたマジックを日頃演じておられる訳ですが、今回は和妻が主題につき、「伝統芸+和芸」の範囲に絞って演技を披露され、何れも素晴らしい演技であったことは言うまでもありません。その中で、個人的に強く印象に残った演技を三つ書かせて頂きます。

上口龍生さんの「胡蝶の舞」
龍生さんはクロースアップ、スライハンドは元よりイリュージョンも演じられているマジシャンです。今回拝見した“胡蝶の舞”は、ご本人の雰囲気と実にマッチしていて、その演技に酔いしれました。「胡蝶の舞」には色々と流派があるようですが、日本独自の演目として、後世に伝えるべき重要な和妻の一つと思いました。

Asamiさんの「和傘出し」
この演目は会場に来られていた島田晴夫師からの直伝だそうで、6年半前のテンヨー大会以来の生演技を観させて貰いました。今回二列目の上手最端に近い席で鑑賞していたのですが、ネタ取りが実に完璧で、美形のお顔と凛とした立ち姿から繰り出される傘は圧巻。前よりも一層磨きが掛かったように思いました。お見事~!

和妻保存会による「水芸」
和田奈月さんが太夫を演じられ、KYOKOさんが立役、そしてドリームぷりんさんと葉月美香さんが助演。「水芸」は松旭斎天一・天勝の当たり芸として明治・大正・昭和(初期)に人気を博したそうで、現在においても数人の奇術師が演じておられると聴きます。今回初めて生で「水芸」を観られて、感動モノでありました。

<追伸>
危うく記載を忘れるところでした。イントロで今回の出演者及び協会の役員の方々を交えた十名弱のメンバ―にて、 “やっこさん”や“かっぽれ”を踊られました。これは『住吉おどり』と言うそうです。プロ奇術師は個人活動の芸能ですが、“祭典”に相応しいこの共同の踊りに、拍手を惜しまずにはおれませんでした。
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# by ishiken55 | 2020-02-26 11:04 | マジック ニュース | Trackback | Comments(0)

永井荷風の『ふらんす物語』を思い出して…の記

現在世界的な問題となっている新型コロナウィルスの事でもなく、芸能界で話題の不倫問題でもなく、将又マジックに関する最新情報でもなく、地味な個人的なことを書き連ねます。

永井荷風と言う作家の名前は、殆どの方がご存じと思います。その荷風先生が生前に書き残した日記が「断腸亭日乗」として岩波文庫で出版されています。上下巻があり、興味をそそる内容で、とっくに読み終えていると思っていたら、未読の本の中に上巻が置かれていて、半分程が未読状態であることに気付きました。昭和7年以降から読み継ぎ…満州事変・515事件等々の戦前の世相の中で、荷風の日常が交差し、興味を覚えると共に、自分が所属するマジッククラブの創設時前後の社会状況が把握でき、何やら引き締まる思いも~!?。

自分も1964年8月から2010年12月迄の約46年間に渡り日記を認めていました。その中で、1978.09.17(30才)の時、永井荷風の「ふらんす物語」を読んだ感想を書いていて、以下はその文面です。

永井荷風の「ふらんす物語」の中に、こころに残る文章があったので記す。

『…恋人に別れた人が、一時は死のうと思う程の絶望を感じても、やがてはその絶望にも馴れて了って、恋しいとは思いながらも諦めがつき、追々に忘れて了い、そして遂に年を取って了うのも、こんなものであろう…』

(なぜって、イタリヤに行けば行くだけ、僕は例の、成功の悲しみを増すに過ぎないと思うからさ。)何でも物は夢みている中に生命がある。香気もある。それが実現されたら駄目だ。僕はせめてイタリヤの青い空と海だけは、眼で見ずと、永遠に心で夢みていたいと思うからさ。』
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# by ishiken55 | 2020-02-15 08:40 | 文芸 エッセイ | Trackback | Comments(0)

「ちいさいマジックのおうち」立上げから…《15年》

平成17年(2005年)2月3日に、この「ちいさいマジックのおうち」の初記事を書いてから、今日で丸15年です。当時50代半ばだった“いしけん”も、今や70代の本物のシニア人に~。当初は訪問者も疎らでしたが、一年を過ぎる頃から増え始め、年間二万人近いお客さんが訪れる年もありました。現在大家のエキサイトにて集計されている訪問客の総合計は丁度15万人ですが、最近は一日平均十人以下で、年間三千人程です。年寄りの戯言にお付き合い頂ける方が居る限り、ライフワークとして今後も続けて行こうと思っています。ご挨拶のみでは記事の価値がありませんので、昨年末に書いた「パドルマジック」に関するその後の情報を追記します。

◆ 昨年末に某所で「パドルマジック」について発表して以来、クラブ会員や奇術研究家の方から、貴重な道具を頂いたり、歴史に関しご教示を頂戴したりしました。引き続きクラブの同朋Kさんから、昭和40年中頃に販売されていた天地製「ジャンピング・ダイヤ」の商品と解説書をお借りしました。道具はJMA製と同じ構成で少し小振りです。解説手順もJMAと略同じでした。また、解説書の冒頭に『この奇術原理は有名な“ミスティック・パドル”で、その応用から生まれたテーブルマジックの傑作です。考案者はアメリカのアレンで、その後いろいろな技法が生まれていますが…』と書かれていました。“アレン”て、どんな人物なのだろう…??

…とSNSで書込みをしたら、又々著名な奇術研究家の方から次のような情報を頂戴しました。『「ジャンピング・ダイヤ」はアメリカのKen Allen(1928-2009)が最初に考えたと言われています。1953年か1954年の頃です。それまでのパドルムーブに宝石を埋め込んでJumping Gemsとして売り出したものですが、日本では「ジャンピング・ダイヤ」の名で売られました…』とのこと。

◆ マジック(奇術・手品)の歴史について、実に詳しい方が日本に居られます。その内私が面識のあるのは五名程。私の地元にマジックが大好きな同年の知人が居りますが、マジックの歴史は殆どご存じないようです。また私の出身クラブのOBや現役部員等も同様です。マジックを終生の趣味にされるのなら、演技の取得と伴に、奇術の歴史を学んでみると楽しみが膨らむと思います。

下の写真は昭和年代に天地ショップで販売されていた「ジャンピング・ダイヤ」
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# by ishiken55 | 2020-02-03 09:01 | モノローグ | Trackback | Comments(0)

続・私の 「トランプ・ケース」 をお見せします。

『私の 「トランプ・ケース」 をお見せします。』…のタイトルで記事を書いたのが2006年4月ですから、14年前になります。この“おうち”の大家エキサイトブログは、数年前から日々のアクセス解析に、上位10迄の記事別アクセス数を表示してくれるようになりました。その情報リストを見ると、下記の三つは常に訪問客が多いようです。その次が冒頭に書いた『私の 「トランプ・ケース」 をお見せします』などになります。この記事で紹介した本革製のトランプ・ケースは14年後の今も愛用しておりますが、記事を書いた時には、既に百円ショップのダイソー店から姿を消していました。
 *トランプの重さを計ル(2014年10月に掲載)
 *タリホー(TALLY-HO)とは・・・(2008年12月に掲載)
 *「ジャンピング・ダイヤ」 は夢の中(2005年6月に掲載)

現在、ダイソーには以前にも増して色々バラエティーに富んだ手品商品が売られています。一応手品愛好家としては、それらの商品を眺めてはおりますが、購入するのは10個に1つ程で、余程のインパクトがないと買う気にはなりません。この百均の手品商品は、プロ及びアマチュアのマジック関係者から色々な意見が述べられていています。プラスの評価は=手品普及に効果~が一番ですが、マイナスの評価は=種明かしの弊害 / 考案者への配慮の欠如~等々。私は当初プラスの評価をしておりましたが、最近発売の商品を見ると、マイナスの評価に変わって来ています。そして、そんな思いを抱きつつ近所のダイソーを訪れた折に、二つの「これは!」という商品に遭遇し、即購入をしました。

■ 一つは紙製のポーカーサイズのカード(トランプ)です。商品名は CIRCUS(サーカス)。一見バイスクルに似たイメージです。最初は品質を確かめるべく2個購入しましたが、紙質・紙面の滑り・エッジ処理の全てが略バイスクルに近い状況につき、数日後買い増しをしました。なお、数字やマークまた絵札のデザインがアッサリしている感がありますが、これは好みの問題でしょう。残念なのは赤バックのみしか無い事。何れにしても、税込み110円は格安です。台湾製と書かれていますので、この価格で何処まで販売が継続されるのかは分かりませんが、学生マジシャンには是非活用して欲しいです。

■ もう一つは、入り口付近に置かれていたロングサイズ用タバコのケースです。以前購入したのもタバコケースで、レギュラーデックのケースとしては最適でした。私はファンカードを演目におり、ステージ用はロングサイズのファンカードを使っています。これを入れるケースが欲しいと日頃から思っていました。家に帰り、UGM製ロングサイズのファンカードを入れてみると、大きさがピッタリ。また厚さがあり、ファンカードが2個収まります。これは年末に購入しましたので、現在もダイソーで売られている筈です。ロングサイズのファンカード+CIRCUSトランプのW収納も可能です。
続・私の 「トランプ・ケース」 をお見せします。_c0049409_14290754.jpg
続・私の 「トランプ・ケース」 をお見せします。_c0049409_14293732.jpg
続・私の 「トランプ・ケース」 をお見せします。_c0049409_14310167.jpg
続・私の 「トランプ・ケース」 をお見せします。_c0049409_14304043.jpg

# by ishiken55 | 2020-01-10 14:36 | Trackback | Comments(0)