「奇術研究51号」で一夜のビバーク

8月5日に開会式が行われリオ・オリンピックが開催しました。8月21日の閉会式までの17日間、テレビで色々な競技が楽しめそうですが、生放送は時差の関係で早朝からのようで、此方が時差ボケにならぬよう注意が必要です。

そんな中…相変わらず昔のマジックの季刊誌「奇術研究」の高木重朗氏の記事を探す毎日です。一昨日は51号でした。この号の発行は昭和43年10月1日。当時は二十歳の学生で、お金が無い中で購入していた雑誌でした。【明治100年記念 臨時増大号】と題され95ページ/定価600円。当時普通の雑誌よりも一桁近く高価であったのに、それに輪を掛け、前号の48ページ/定価400円の1.5倍の値段に、怒りを覚えた記憶が今も残っています。そして、「今更明治を振り返ってどうするのだ!」との思いも~。それでも、購入したこの雑誌を一通り読んだ(眺めた?)のは間違いないでしょう。それから48年後の今、この51号の価値が如何に大きいものかを感じています。一年前から昨日に掛けて、価値を感じた記事とは・・・

*徳蔵研究で使った坂本種芳の記事;『阿部徳蔵とその遺作兵助先生』
 この中に前年に訪問の谷崎潤一郎「三つの場合」も書かれていて~。
*緒方知三郎と式場隆三郎の対談記事;『奇術 今昔 よもやまばなし』
 十年前の「医学芸術」からの転記で今年前半のTAMC会報にも転載。
*明治百年記念特集・明治時代の奇術展望文;秦豊吉著『明治奇術史』
 今年の5月に入手した古書の全編が、ここに掲載されていたとは~!

昭和43年10月1日、その頃ボランティアサークルのリーダーが、よく口にした女性の名は、頻度の順番にTさん、Mさん、Kさんでした。Tさんは健康的で思いやりのあるお嬢さんタイプ、Mさんは大原麗子さん似の憂いのある女優タイプ、Kさんは聡明で控えめな秘書タイプでした。3人とも、程なくして会を去りましたが、真ん中のKさんとは映画を見たりデートをしたこともありました。1年3ヶ月後に、信州のある地で、ある人との出逢いがありました。それが自分にとって一生を運命付けることになるとは、まだ予想すらしていない二十歳の青春の時でした。
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by ishiken55 | 2016-08-08 09:45 | マジック エッセイ | Trackback | Comments(0)
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