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2005年 05月 25日 ( 1 )

「石田天海師」 のこと

石田天海師は、カードやコインの“テンカイ・パーム”の発案者として、マジシャンには広く知られています。しかし昭和47年に他界されていますので、時代と共に実像を知る人は少なくなっているのではないでしょうか。日本のマジシャンに取り、アメリカで長期に渡り活躍された最初のマジシャンとして忘れてはならないビックなお一人です。
天海師は大正時代の末に松旭斎天勝一座の一員として渡米、天勝一座が帰国した後も、おきぬ夫人とアメリカに残り、三十年以上の間マジシャンとして活動されたという方です。また、ダイ・バーノン氏を始め多くの著名なマジシャンと親交を持たれていたことでも知られ、そのことはマジシャンとしての技量の凄さを想像させるものがあります。天海師は昭和33年に69歳のときに帰国されたとのことです。私は、その天海師に、たった一度ですが舞台上の姿を拝見し、師の小品のマジックを観る幸運の“とき”を得ています。

それは昭和42年6月25日JMA主催の「手品まつり」でした。c0049409_21551045.jpg
天海師はその時77歳、おきぬ夫人と虎ノ門ホールの舞台に来賓として立たれ、「ハンカチの復活」を演じられました。おそらく高木重朗氏の招聘に応じて来場されたのではないかと推測されます。マジックを始めて三年、天海師のことについては、ほとんど知識が無い頃でしたが、あの大きな虎ノ門ホールでの、お歳を感じさせない見事な演技を今でも鮮明に憶えています。(その時から38年、私もそれなりの年齢になりましたが、天海師のように高齢になっても、小品のステージマジックをさらリと演じることに憧れを感じます)
最近、天海師のことをもう少し知りたいとの想いを抱いていますが、相応の本が見当たりません。ネット古書店の「レッドスケルトンズ」でチェックを掛けていれば、良い本に巡り合えるかも知れないと考えたりもしています。

その舞台は、プロマジシャンとしてデビュー間もない北海マキ師の演技を初めて観た時でもありました。(演技構成は、中華蒸籠セイロをメインに私の大好きなチャイニーズステッキ等を織り交ぜた中国系マジックでした)北海師の演技は、アマチュア主体のステージの中、別格の迫力があり異彩を放つ演技でした。“北見マキ”師は今でも第一線で活躍されていますが、この方ほど演技スタイルの変わらないマジシャンは稀有なのではないでしょうか。
もう一人、その舞台で初めて拝見した方が、まだ少女の雰囲気が残る長谷川ミチさんでした。最近、日本奇術連盟(JMA)の会長になられたと聞きました。・・・JMAの中興を、田植えも終わり早苗が日毎に伸び立つ長閑な茨城の里から、祈念しています。
by ishiken55 | 2005-05-25 22:01 | マジック エッセイ | Trackback | Comments(0)