カテゴリ:文芸 エッセイ( 17 )

文庫3題 (マジカル2冊+読み納め1冊)

今回は、先月散歩の折に立ち寄った地元の書店で見つけ買い求めたマジカル系の文庫本2冊と、この一年間散歩の折に読み続けて来た作家の文庫本を取り上げます。

新潮文庫 『江戸川乱歩傑作選』
乱歩氏は探偵小説の草分け的存在ですが、この本に収録された作品は大正末に発表された代表的な短編で、多くの作品に手品が絡んでいるのが特徴です。最初の作品「2銭銅貨」は正に手品が主役の構成になっていますし、他の作品も同様にその要素を含んでいて、当時としては高いレベルの手品の知識を持たれていたことを伺わせます。この文庫は昭和35年初版、購入したのは99版でした。乱歩先生は何処まで彷徨い歩いて行くのでしょうか。

新潮文庫・泡坂妻夫作 『生者と死者』 復刊本
この文庫の初版は20年前だそうです。久しく品切れになっていたようですが、先月20版として復活しました。この本は通常の文庫と異なる創りになっているので、製造元の苦労が偲ばれます。それにしても泡坂さん(厚川昌夫氏)はとんでもない本を考えたものです。文庫本のページを切り開くなんて、若い頃(?)に男性雑誌の綴込みページを切り開いた時のワクワク感を思い出してしまいました。話の二重構造にマジカル性が強く込められた作品です。

文春文庫・藤沢周平作 『帰省』 他
この一年間、散歩の合間に40冊の藤沢周平氏の文庫を読んで来ました。しかし来週から生活が変わるため、読み納めです。最後の一冊として今エッセイ集の『帰省』を読んでいます。その中にカール・プッセ作「山のあなた」(上田敏訳詩集『海潮音』より)を取り上げた文章が載っていて、自分も子供の頃に藤沢さんと同じ思いを抱いていたように感じました。そしてその思いは、政府公認の前期高齢者になった今も続いている気がしています。

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by ishiken55 | 2014-04-06 17:52 | 文芸 エッセイ | Comments(0)

「ネタ」 と 「タネ」(藤沢周平氏の作品より)

このところ藤沢周平の文庫本を散歩の時に小バックに入れて出掛けています。「蝉しぐれ」のような長編ではなく、散歩の途中の休憩時に30分程で読み切れる短編集を選んでいるので、1日に1作、1週間で約1冊、3ヶ月経つので早10冊を読み終えました。日頃の読書は古典中心なのですが、武士の切ない運命的な敵討ちや商人の人情話に思わず涙腺が緩む藤沢周平さんの作品も、それなりに面白いです。

先日、その文庫本の一つ『霜の朝』の中の「密告」という作品を読んでいて、ちょっと引っかかる言葉がありました。それは~「(岡っ引きの手下の)磯六がやっていた仕事はお前も知っている通りだ。そして俺の親父が、助六の持ってくるネタを買っていた」(新潮文庫P139)~のセリフ文にあった“ネタ”と言う単語です。

ネタはタネ(種)の倒置語ですが、この言葉が江戸期に使われていたのか疑問に思いました。そこでGoogleで調べてみましたら、江戸で「鮨のネタ」と言う表現は使われていたことが分かりました。多分そこから、事件のネタ、マジックのネタ、等の使い方へ時代を追って発展したのではないかと思われます。ですから、この言葉を江戸の岡っ引きが使っていたかは疑問ですが、これ以上の詮索は止めておきましょう。

何故こんな事に拘るかと言いますと、ネタという言葉が好きではないからです。特にマジック・手品関係で使われる〝ネタ”という表現には嫌悪感すら覚えます。柴田直光氏の名著『奇術種あかし』のように、マジックではタネ(種)を使って欲しいと思っています。これは・・最近の無い道具に拘るシニア世代のアマチュアマジシャンの独り言ですけれど・・。

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「ねた」を手元の広辞苑で調べてみました。

 「たね(種)」を逆さ読みした隠語。
  ① 新聞記事などの材料。 (―を探す)
  ② 犯罪の証拠。 (―があがる)
  ③ 道具。特に手品などの仕掛け。
  ④ 料理などの材料。 (鮨の―)
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by ishiken55 | 2013-09-12 21:09 | 文芸 エッセイ | Comments(0)

「八十日間世界一周」のトランプゲーム

先日来、外出時に持ち歩いていたジュール・ヴェルヌ作「八十日間世界一周」を読み終えました。ひと月ほど前に北千住の書店で目に入り、買い求めた466ページ1,008円の文庫本です。この英国の小説は半世紀近く前、高2の時に英語のリーダーの授業で一年間教材として使われ、(英語の苦手な自分としては)一度日本語訳で全編を読んでみたいと心の奥で想い続けていた作品でした。

英国で初掲載されたのが1872年つき、遡ること140年前(明治4年)の作品になります。フォックスなる人物がロンドンの革新クラブにて、80日間で世界一周が出来るか否かに、仲間と二万ポンドの賭けをしたことから物語が始まります。話のトリックが何なのかは、読む前から分かってしまう感はありますが、蒸気列車と蒸気船を乗り継ぎ、多難を乗越えて行くサスペンスは、19世紀の世界を顧みる楽しさもあり、併せて徐々に成熟して行く愛情をサンドイッチに重ね、期待した通りとても面白い冒険小説です。

作者がこの小説を書くに際し参考にした資料が、1860年に発行された雑誌「世界一周」の記事と言いますから・・日本では安政7年、桜田門外で大老井伊直弼が暗殺された年。物語では横浜にも立ち寄り、召使のパスパルトゥーが曲芸師の仲間になる件があったりします。幕末の横浜は開港し貿易の街として賑わっていたと言いますから、話の筋としては間違いではないものの、街の描写には若干違和感を覚えます。しかし作者は日本に来たことがないので、これは仕方がないことでしょう。

自分として興味を覚えたのは、インドのヒンズー教の古い因習が残る村で、夫の老国王の死に対して殉死を強要された若いアウダ夫人を奪回する話や、アメリカ横断中のユタで、一夫多妻制を維持するモルモン教への弾圧と布教活動の話などでした。そして、もう一つ興味を引いたのは、主人公のフォックスが列車や船の中で同乗者と興じるトランプゲームのホイストです。ホイストはブリッジの原型だそうですが、当時の英国ではトランプゲームが紳士・淑女の中に定着していたことを示しています。

また、物語ではアメリカ中西部のシカゴを経由します。シカゴと言えば、カードマジックの原典S.W. Erdnase著「The Expert at The Card Table」が出版された地であり、それは1902年の事。この小説の創作から40年後になります。カードマジックは、賭けゲームのイカサマ技から生まれたのは確かな事実で、トランプゲームの大衆化がカードマジックの発展に寄与しているのも間違いありません。現代の日本において、紙のトランプを使ってゲームを楽しむ姿はどの程度なのかと考えていたら~荒れた大波が目前に~
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by ishiken55 | 2013-06-21 14:43 | 文芸 エッセイ | Comments(0)

もう一軒の『小さいおうち』

三年ほど前に直木賞を受賞した折に単行本として出版され、話題になった中島京子さん『小さいおうち』が最近文庫本になったので、数日前に購入し瞬く間に読み終えました。哀愁漂う~なかなか面白い小説です。エンターテインメント作品につき、ストーリーについては読者の楽しみを削いでしまってはいけませんので省略しますが、大東亜戦争前の昭和初期から始まる話で、男女の物語として時代的にお好きな方にはお奨めです。

この『小さいおうち』が出版された当時、『ちいさいマジックのおうち』と題名が類似しているので、中島京子さんの小説と間違えて、当家を訪問される方が結構多くいたようでした。どちらもバージニア・リー・バートンの『The little House』(岩波の翻訳本;ちいさいおうち)がモチーフになっていますので、兄弟(姉妹)の家と言ってもよいでしょうか。

文庫本の帯に山田洋次監督により映画化されることが書かれています。キャストは未だ決まっていないようです。自分なりにキャスティングを考えてみたのですが、この二年あまり映画やテレビドラマを全く観ていないので、俳優さんの名前が思い浮かびません。時子奥様は・・竹内結子さん、タキちゃんは・・?、時子さんの旦那は・・二十年前のいしけん??。
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by ishiken55 | 2013-02-17 16:30 | 文芸 エッセイ | Comments(3)

「道草」から

夏目漱石の小説『道草』を4,5年掛けて読み終えました。長編でもない作品を読むのにどうしてそんなに長く掛かるの?…と問われたら、返す言葉がありません。

この小説は漱石の自伝的要素が一番色濃く、漱石先生が他界する一年前に朝日新聞に連載された小説だそうです。始めの数ページを読んだ時、「何て暗く重い雰囲気が漂う小説なのだろう」と感じました。主人公の健三は偏屈で気難しい男。その健三には幼少時に養子に出され、また実家に戻った過去があり、後年養父であった島田と言う男に金の無心をしつこく求められる出来事がストーリーの骨格になっています。読んでいて気分が晴れないばかりか、不快な思いさえする話にページを捲るのが遅々として進まず、4,5年も読了までに要してしまいました。大正四年の新聞小説と言うことですが、当時の新聞購読者は教養人が中心で、忍耐力が備わっていた?のでしょうか。

それでも・・・全編の九割方まで読み進んだ頃になって、ストーリーにのめり込んでいる己に気づきました。この2年間の自分の生活上の異変とダブルようにも感じられ、人間の普遍的な人生模様を漱石は表現したのだなぁ~と思った次第です。

二十代の前半に買い求めた小版の漱石全集。7巻に掲載されたこの『道草』で小説作品はやっと読了となりました。8巻の『明暗』は21歳の時に読んでいるので、全集の未読は随筆や評論等を収録した9,10、別巻の3冊です。『道草』の題名に併せて、余りに長い道草をしてしまったので、生前にこれらを読み終えることができるか、少し不安になりました。マジックの方も畦道に腰掛けて道草し過ぎていますが、“人間万事塞翁が馬”・・・何れ思いも寄らない方向から光明が射して来るかも知れません。

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by ishiken55 | 2012-10-10 15:07 | 文芸 エッセイ | Comments(2)

泡坂妻夫氏の『揚羽蝶』

ひと月程前、地元の図書館で泡坂妻夫氏の『揚羽蝶』と題する本が目に留まり借用する。本に収めらた作品は短編8作。前4作は著者の稼業“紋章上絵師”を、後4作は趣味以上の奇術を~題材にしたお話。何れも物語としては穏やかで、派手な展開や手品様のオチは無いが、読んだ後に灰燼のような余韻が爽やかだった。2006年11月に出版されたこの本は、泡坂さんの作家以外の二つの“本業”の経験談をフィクション化した作品のようだ。

前半の作品からは“紋章上絵師”なる職業の大凡を知ることが出来た。30年以上前にお墓を造り替えることになった折、墓石に彫る紋章が分からず、亡父が残した紋付を取り出して、そこに印されていた紋章の図柄を元に自分で方眼紙に製図をし、石材屋さんに渡したことを思い出す。でも、あの紋章が本当に家代々のモノだったのかは、未だに判ってはいない。

後半の作品はマジックを趣味にされるている方以外、興味をそそるとは思えないが、その事を解りつつ、著者は書きたかった作品だったのだろう。FISMを舞台にした作品では一部の登場人物(プロマジシャン)に実名を使い、そこに実在人を連想させる架空の人物を絡ませる手法は、違和感を覚えたけれども…。戦時が絡む「コロスケの貯金箱」が一番の秀作だと思う。

明日は太平洋戦争の終戦記念日8.15。戦後65年という事もあり、このところ広島・長崎の原爆や戦争を回顧するTV番組が多い。真の民族平和共存の精神は幼少時から芽吹かせ育む必要があるのだろう。今週ちくま文庫 水木しげる氏著『ねぼけ人生』を読む。ゲゲゲ先生の少年期、戦争体験、戦後の貧乏生活、そして人気漫画家に至る道は“ねぼけ”ならぬ“いばら”の人生。ユーモアさえ交え凄惨な恐怖の最前線に触れられる本は稀有。

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by ishiken55 | 2010-08-14 15:38 | 文芸 エッセイ | Comments(0)

≪岡本かの子≫の手品師とは…?

読書の秋たけなわなのに、多くの長編小説に手を付けたまま、それぞれの物語が駐車場で停車状態。年初に購入したポプラ社の短編集『百年小説』も当初アクセルを踏み込んだ時の滑り出しは順調だったのに、このところエンスト気味で、この分だと年内に半分読破できるか否かと言った情況です。それでも今月に入り…谷崎潤一郎『刺青』、里見弴『椿』、岡本かの子『鮨』、内田百聞『サラサーテの盤』を読了。『刺青』は四十数年ぶりの再読でしたが、蜘蛛を纏った娘体に潜む魔性…それは憧憬から愛おしさに変貌を遂げていました。

「芸術は爆発だ~」の岡本太郎の母・岡本かの子の『鮨』は、1939年(昭和14年)に発表された30ページ程の作品です。物語は東京の下町と山の手の境にある鮨屋『福すし』を舞台に、看板娘“ともよ”と生業不明の五十過ぎの初老の紳士“湊”のお話。湊が少年時、母親が子供の異常な偏食を治すために手製の鮨を作る回想があり、その母が鮨を握る手付を「手品師のような…」と作者は短文中に三度書いています。テレビなどは勿論無く、クロースアップマジックもほんの一握りのアマチュアの間で育まれていた時代、岡本かの子は誰をイメージしてそう表現したのだろうかと、横道に逸れた興味を覚えたりしています。

自分の小学生の頃…“マジック”は「油性サインペン--」を指す言葉でした。Magicに関わりを持ち始めた昭和40年代、Magicは通常「奇術」と呼ばれていました。また、当時「手品」は簡易レベルのMagicを指す言葉として使われていたように思います。Magicを一般的に「マジック」と言うようになったのは昭和の終盤ではないでしょうか。それはマジック解説書のタイトルを見れば如実に読み取ることが出来ます。でも最近、Magic を表す日本語としては、マジック奇術 よりも手品 と言う言葉に親しみを感じています。これは漸う『手品師』に近づいた証しかも知れないと、ひとりほくそ笑む平成の鮨好き“湊”が身近にいます。

※読後に哀愁漂う岡本かの子の短編小説 『鮨』 はネットで読むことが出来ます。
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by ishiken55 | 2009-11-14 11:09 | 文芸 エッセイ | Comments(0)

「注文の多い料理店」は・・・読むマジック

『二人の若い紳士が白熊のような犬二匹と案内役の猟師を伴い、鉄砲を担いで狩猟に出掛けます。山奥で猟師とはぐれ、犬が泡を吐いて死んでしまうと、突然りっぱな一軒の西洋造りの料理店「山猫軒」が現れます。お腹の空いた二人はどなたもどうかお入りください。決してご遠慮はありません」と書かれた金文字を読みます。戸を開け中に入ると、次々に案内の金文字があり、それに導かれて二人はその家の奥に進んで行きます。すると・・・』

c0049409_10292636.jpgこれは、数日前に読んだ宮沢賢治作「注文の多い料理店」の文頭のあらすじです。大正13年(1924年)に発表され、文庫本で10ページ程の短い童話ですが、宮沢賢治の代表作の一つですので、多くの方が幼少時に読まれたことがあるのではないでしょうか。
今回この童話を再読し~世代に拘らず楽しめる作品であり、また読み手により受け取り方が異なるところが、時代を超えて読み継がれている理由であると感じました。
(「注文の多い料理店」はダイソー文庫で購入できます。)

*小学1年生のA子ちゃん
「山猫に食べられそうで恐ろしかったけど、犬といっしょに助かって良かった!」
*中学2年生のB平くん
「紳士達はお金の事ばかり考えているから罰が当ったと思う。山猫はワルだけど憎めない。」
*高校3年生のC美さん
「動物や自然を大切に思う作者の心が、ファンタスティックな話の中に読み取れました。」
*大学4年生のD太郎君
「食べる筈の者が、食われる存在であったというトリックは、話のマジックとして面白かった。」
*還暦を過ぎたE男さん
「紙くずのようになった紳士の顔が、元に戻らない訳を考えていたら・・・夜が明けました。」
(感想は創作であることをお断りしておきます。写真は賢治の故郷~花巻です。)

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by ishiken55 | 2008-08-16 10:59 | 文芸 エッセイ | Comments(0)

江戸川乱歩『D坂殺人事件』から松本清張『点と線』まで

c0049409_2224111.jpg週末土日は久し振りに市内から出る事なく過ごしました。
“マジックの学習”、“文芸誌の読書”、“壁紙の補修”などを、ノンビリやろう~と土曜の朝は考えていたのですが、結局どれも少々触った程度で休日が過ぎてしまいました。

土曜の昼下がり、立ち寄った書店で『サライ』の表題に釣られ、つい手にしてしまったのが予定を狂わす元凶だったのかも知れません。何せこう言う表題に弱いのです。

特集 『D坂の殺人事件』 から 『点と線』 まで・・・
   <追跡。日本の名作ミステリー>


江戸川乱歩の『D坂の殺人事件』は、大正14年『新青年』の新年増刊号に掲載されたそうですから、石田天海師が松旭斎天勝一座のアメリカ公演に出発した直後に当ります。また、この小説で初めて名探偵・明智小五郎が紙面に登場したとのこと。

“D坂”とは千駄木の団子坂。サライの本文に昨年催された出身クラブOB会の春の遠足“谷中・根津・千駄木~散策”で訪れた「菊見煎餅総本店」や「喫茶店・乱歩」等々の写真が載っていて、あれから一年が経ったと思うと、懐かしさが湧いて来ました。なお、乱歩は熱烈なマジックファンでもありました。その実態が不明につき、明智探偵に探って欲しいところです。

松本清張作品の定番~『点と線』や『ゼロの焦点』等の作品の記事については、目新しさは感じませんでしたが、『点と線』の続編とも言える『時間の習俗』という作品があることを知りました。この小説には『点と線』に登場した鳥飼刑事と三原警部補が再登場しているそうです。そう言えば、昨年11月にテレビ放映されたビートたけし氏主演の『点と線』。鳥飼刑事の個性が強すぎた感はありますが、心に残る推理ドラマの一作でした。

c0049409_22272146.jpgまた、『天城越え』の記事には興味を覚えました。でも、この作品、映画やテレビで何度か観ているものの、原作を読んでいないように思えてなりません。この際、浄蓮の滝と対照的な妖艶な娼婦への少年の恋慕を、読んでみようと思った次第です。

◆話しが全く変わりますが・・・土曜日に、近所の百円ショップで、目的も無くジャンボカードを買ってみました。なぜこんなものが百円で販売できるのか、正に現代のミステリーです。
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by ishiken55 | 2008-03-31 23:39 | 文芸 エッセイ | Comments(0)

『歴史読本4月号 明治女傑伝』 より

c0049409_22152580.jpgもう5年前になるでしょうか…その昔、吉永小百合さん主演で映画化された「外科室」の原作が読みたくなり、岩波文庫の泉鏡花『外科室・海城発電』を買いました。その文庫本の最初に登場したのが「義血侠血」という作品です。

物語は、乗合馬車(電車にあらず!)で偶然出逢った水芸の女芸人と法律家を目指す苦学生との哀話です。泉鏡花と言うと、ちょっと難解で芸術性が色濃い作品を思い浮かべると思いますが…この物語は越中から金沢を舞台にした明快で哀愁漂う大衆小説です。そして、この作品は明治27年(1894年)の発表の翌年に花房柳外が脚色、川上音二郎一座により東京浅草座で初演されたそうです。題名を「滝の白糸」と言います。

c0049409_22185881.jpg先日の日曜日、地元の本屋さんでカメラ雑誌を立ち読みしていたら、表紙に“四つ玉”を持つ貴婦人姿の若い女性の写真が載った雑誌が目に入りました。よく見るとその女性は松旭斎天勝師、雑誌の名は 『歴史読本4月号 明治女傑伝』なり。

早速その雑誌を購入し“天勝”のところをまず読みました。天勝さんは可愛らしさと妖艶さを併せ持ち、欧米のマジックをいち早く取り入れた稀代の女流マジシャンです。今回の記事は7ページに過ぎませんが、私の知らないことも書かれておりました。なお、この雑誌の記事を書いた川添裕氏は、近々“天勝の評伝”を一冊の本に書き下ろすそうです。

その松旭斎天勝が終生当たり芸として演じることになる和妻の水芸は、当初は松旭斎天一の売り芸だったようです。天一が天勝を伴い足掛け5年の米欧巡業へ出発したのが明治34年(1901年)。そして、天勝が帰朝後欧米流のモダンな花形奇術師として脚光を浴びるのは明治38年以降になりますので、天勝の水芸もその頃から人気となったのではないかと推測されます。それは「義血侠血」が世に出てから十年後のことになります。

泉鏡花の「義血侠血」に登場の気風がよく美貌の水芸女太夫のモデルは、てっきり松旭斎天勝だと思い込んでいたのですが、年代を考えると、それはありえない事が分かりました。
・・とすると白糸(水島友)のモデルは誰だったのだろう?(また新たな落し物)
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by ishiken55 | 2008-02-29 22:26 | 文芸 エッセイ | Comments(0)