<   2005年 06月 ( 8 )   > この月の画像一覧

珠玉の 「カード当てマジック」 <作品 3>

「カード当てマジック」のコーナーも3回目となりました。今回は、現在では殆ど顧みられることのない、古い英国のマジック書の中に隠れた“珠玉”の作品を紹介したいと思います。
バーノン氏の「トライアンフ」のように、誕生から半世紀が過ぎた現在も、プロ・アマを問わずに愛され、盛んに演じられているカード当て作品もあります。この作品が愛され続けている理由は、キー・テクニックのプルスルーシャフルを完璧に行なえることができれば99%成功で、鮮やかなフィニッシュを観客の前に展開できる点にあると思います。
今回紹介する作品は、「トライアンフ」ようにキー・テクニックさえマスターすれば、成功が約束されるものではなく、これと言って高度の技法を必要としないのに、どんなに練習しても90%の成功しか望めないという弱点を持ちながら、客が選んだカードの出現は「トライアンフ」に勝るとも劣らない、どう考えてもありえないと観客が頭を抱える衝撃的な作品です。
前置きがまたまた長くなりましたが、この作品はJean Hugard 氏監修のカードマジック辞典“Encyclopaedia of Card Tricks(1961)”の中に載せられた「The psychological stop trick」が原作です。(私のアレンジが含まれていることを予めお断りしておきます)

<現象>
①客に1枚のカードを選んで憶えて貰い、そのカードをデックの中に戻します。
②演者はデックをカットやシャフルで良く切り混ぜます。
③デックを客に渡し、カードを上から1枚づつ演者の手に置くように指示します。
④客が演者の手に置き始めたら、“好きな”箇所でストップするように指示します。
⑤客がカードを置くのを止めたら、一呼吸し客に選んだカードは何であったかを聞きます。
⑥客がカードの名を告げたら、演者の手の一番上のカードを見るよう指示します。
⑦客が演者の手の上のカードを表にすると、客が告げたカードが現れます。

<シークレットとポイント>
①客のカードがトップから10枚目になるようにします。(原作はサムカウントで9枚目にブレイクを創るように解説していますが、サムカウントという慣れない技法を使うよりも、オーバーハンドシャフルでカウントする方が簡単と思います。各自お好みの方法でトライください)
②はフォールスカットとフォールスシャフルを行います。(プルスルーシャフルを取り入れると効果的ですが、自信がなければ省略しても問題ありません)
④原作では3枚目のときに「もう少し速く!」、5枚目のときに「好きなところでストップして!」と言うように解説していますが、実体験を重ねる中から、自分にあった言葉やタイミングを適用してください。
⑦現象の説明は、10枚目のカードを演者の手に置いたところで、客がストップしたときのアクションです。9枚目のときは、客の一番上のカードを見るように指示します。(ここまでが100%の成功です)
客が11枚目でストップしたときは、演者の手の上のカードを“演者”がダブルリフトをして客のカードを示します。(これは80%の成功というところでしょうか)
その他のところで客がストップした時も、ギブアップせずに、50%以上の成功と言える方法を各自でお考えください。

*客のアクションが中心となるこの作品を「カード当てマジック」の最初に演ずるのは好ましくありません。<作品1>、<作品2>のような、演者のアクションが中心の作品を行なった後で演じるようにしてください。

*客がカードを置くのを“演者の手の上に”と説明しましたが、“テーブルの上に”置くようにしてもよいと思います。いずれにせよ、客が置くカードの枚数を“さり気なく、しっかり”と数え、10枚目でストップするように誘導することが重要です。
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by ishiken55 | 2005-06-28 21:45 | カード レクチャー | Trackback | Comments(0)

「ジャンピング・ダイヤ」 は夢の中

「飛び移る宝石」とか「ジャンピング・ダイヤ」と呼ばれたクロースアップマジック用の小さなマジックグッズをご存知ですか。これらのマジックのカテゴリーをパドルマジックと呼ぶそうですね。私がマジックを始めた頃、JMAで販売していた小さな2本組のこのマジックは、けっこう流行っていたように思います。しかしその頃の私は、“マジックの王道はスライハンド・マジックにあり”との不遜な考えから、小品のマジックには目を向けませんでしたので、学生時代はこのマジックグッズを手にしませんでした。

① 社会人となって五年経った頃でしょうか。トリックスという奇術道具の販売店がオープンした話を聞き、その店を訪れました。そして、その店でファンカードと“Jewels Fantasy”という商品名の「1本棒のジャンピング・ダイヤ」を買いました。(今は販売されていません)
その後この小グッズは私の密かな“お気に入り”となり、今も現役のマジックグッズとして私のクロースアップマジック用ハンディー・ケースの中に鎮座しています。

② その十年後に、かのJMAの「飛び移る宝石」を購入しました。この道具は数年前にダイヤが取れてしまったので接着剤で補修したのですが、“ダイヤ”の周りが接着剤でボソボソとなり、実演には使用できなくなってしまいました。小さいながら棒の形が美しいので換わりを購入したいのですが、JMAショップが見当たりません。

③ 昨年、テンヨー店でJMAのものよりも少し大きめの2本組の“その棒”を見つけ、即購入しました。この商品は輸入品のようで、常時売られていませんが、見栄えのする良いグッズです。

④ そして、つい最近“とある”マジックショップで「ジュエリーパドルシリーズ」という4本組のセット品を購入しました。この商品は国産品ですが、棒のカットがイマイチなので、紙ヤスリを使って切り口の修正や面取りを施して、やっと使用できる状態になりました。

写真は、左から①,②,③,④,のグッズです。
(見せびらかしているのではありません。広報活動?)
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“パドルマジック”もっと人気があってもよいのではないかと思うのですが~いっそのこと、本物の宝石を使ってマイグッズを創りアピールするのも一案ですね。

<・・・黒いバーに本物のダイヤとルビーとサファイアを埋め込んで・・・>
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by ishiken55 | 2005-06-24 20:58 | マジック グッズ | Trackback | Comments(5)

「前田知洋さん」 がエキサイトブログに・・・

先週の水曜日、エキサイトブログ内を散歩していたら、マジック系で人集りのしている“おうち”があったので覗いてみたところ、クロースアップマジシャンの「前田知洋さん」の新築の“おうち”でした。訪問客は、殆どが十代、二十代の若者のようでしたので、五十代の“いしけん”としてはちょっぴり気が引けたのですが、歳の割にはミーハー的な“いしけん”なので、その“おうち”に入れて貰い、自分の“おうち”以外では初めての“コメント”を書かせて貰いました。その返事として前田さんが下記のシンプルなメッセージを記事の中に載せてくれました。

ishiken55さん
インターネットの世界って、人が光の早さで移動しているらしいから、突然、賑わったり、寂しくなったり、不思議です。これからもよろしくお願いします。


前田知洋さんは、頭の回転が速く、冷静に先を見据えた方のように思いました。
なお、前田さんのサイトはF,A,Q,です。

“コメント”は何となく解ってきましたが、以前スティングさんがこの“ちいさいマジックのおうち”の記事に付けてくれた“トラックバック”については、そのやり方がまだ解っていません。ブログというのは、私のように機能を理解していなくても参加できてしまうところが、良い点でもあり、問題点でもあるのかも知れません。

c0049409_2020552.jpgps
昨日、住まいの近くにあるあやめ園に行って来ました。(無料です)
このところ休日もパソコンと向き合っていることが多くなってしまって、自然との触れ合いから遠ざかっていました。
“あやめ”は、雨上がりの中でしっとりと花びらを開き、ちょうど見頃でした。
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by ishiken55 | 2005-06-20 21:55 | マジック ニュース | Trackback | Comments(0)

「ファンカード」 のワンポイント・レクチャー <パート1>

私がファンカードに取り組み始めたのは社会人になってからのことでした。ファンカードは通常カードマニピュレーションの中の一部分として演じられています。カードマニピュレーションはステージマジックの華ですから、社会人のアマチュアマジシャンには“高嶺の華”と潔く諦め、ファンカードのみにチャレンジすることにしたのは「光陰、矢の如し」で、もう三十数年前のことにになります。

学生時代もファンカードには触っていましたが、断片的に技法を知るのみでしたので、カードマニピュレーションに取り組んでいる“旬の学生”に教えを請うたり、ル・ポールの本を参考にしたりして、蝸牛の歩みでしたが自分独自のファンカードの手順を創って行きました。幸い手順が完成してきた五年経ったころに、ステージの機会がありファンカードを初めて演じました。その時から、ファンカードは私のステージマジックの“晩生”のレパートリーとして仲間入りを果たしました。

ファンカードは地味な演目ながら、私が二十代の前半に関わった「影絵人形劇」(4月23日の記事参照)にも通ずる“色彩の美しさ”があります。感受性豊かな子供達(と年頃のお嬢さん、そうではないお嬢さんも想定内です)に「色彩の美と変幻の夢世界」をプレゼントすることができます。そのファンカードを愛するマジシャンが少しでも多くなることを願い、ファンカードの経験の中から、あまり知られていない技法の幾つかを順次公開することにします。

<見栄えのする「片手・正ファン」>
通常の「片手・正ファン」は、開いた姿がいくらか凸面となるため、サロンのような至近のステージで演じる場合、ファンの形が今一つ美しさに欠ける弱点を持っています。この弱点を解消した美しい「片手・正ファン」の開き方があります。今回はこの技法を紹介します。

① デックを親指(表)と人差指、中指(裏)の3本の指で持ちます。
② 人差指と中指間を広げ、親指でデックの中央部を押出すようにしファンを開き始めます。
③ ファンの中心に“五百円硬貨大の丸い穴”を創るように、そして客から観たファンが幾らか“凹面”になるように、できる限り丸い円を描いて開きます。
(開いた形は下記の写真を参考にしてください)

*このテクニックは六年後輩のトシちゃんから教えて貰った技法です。けっこう難しいテクニックですが、普通の「片手・正ファン」とは比較にならないほどの美しい“ファン”となります。騙されたと思ってトライしてみてください。

*但し、このファンには二つの欠点があります。一つは、ファンの芯が移動しているために閉じ方が難しいことです。二つ目は、3本の指のみで支えるために保持が不安定なことです。この欠点を理解した上で、手順に取り入れることが重要です。

c0049409_1152697.jpgファンの中央に丸い穴があることに注目して下さい。
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by ishiken55 | 2005-06-17 21:53 | ファン レクチャー | Trackback | Comments(0)

マジックの種は“想像しているときが華”

マジックの種は、知りたいけれど知ってしまうと「こんなものだったのか!」と失望したりするものです。私は種を知らないマジックは出来るだけ想像の世界に置き、種を知る努力はしないことにしています。ですから最近マジックショップでよく売られている「千円札にボールペンを刺し、引き抜くと、その痕が消えている」というマジックの“本当の種”を知りません。
学生の時も、ゾンビボールはマジックを始めて3年目に自分の演目とするために道具を購入して知りましたし、中華蒸篭はその一年後、後輩のN君の演目用にクラブ費全額を叩いて購入してその種を知りました。(歴史のないクラブに居たことも理由の一つでしたが~)

マジックの“種明し”そのものを目的としたテレビ番組があるようですが、私はその手の番組は殆ど観ません。マジックには想像と品位が必須条件ですので、そのどちらもが欠落した番組には興味が湧きません。想像性を伴わない中で知った種は心に定着しませんのでそのような番組を観た一般の人は、時間が経てばその種を忘れてしまうものと思います。
しかし、私は“種明し”を全て否定する考えはありません。私はカードマジックを演じたときに、時間に余裕があるときは、「7と8」や「仲良しジャック」(共に私の勝手な命名ですが、マジシャンの方はその名で内容はお判かりと思います)を演じて“種”を観客に教えてあげます。この簡単なマジックを憶えてもらうことが“呼び水”となり、更にステップアップしたマジックファンになってもらうことが期待できるからです。

あのボールペンは・・・どうなっているのでしょう・・・たぶん・・・!!!

ps
c0049409_18324230.jpg昨日、ヤクルトホールで開催された「慶應義塾大学奇術愛好会、第42回発表会“BON VOYAGE!”」を観てきました。学生のマジック発表会を初めて観たのは昭和41年5月、科学技術館ホールで開催の「KMS発表会」でした。それ以来KMSの発表会にはご無沙汰していましたので、39年振りの観覧になりました。
席の周りを、若い頃の紺野美沙子さんを想わせる上品でチャーミングな女子学生と、石坂浩二さん(ちょっと古すぎるか)バリの細面でやさしそうな慶應ボーイに囲まれて、一時間半の愉しいひと時を過ごしました。そんな中で慶應的ではない若者二人が目に入りましたが、なんと私の出身クラブOBのK君とH君でした。

全体の印象としては
*ショーとしての構成、演出が良かった。(司会も親しみが持てたので◎)
*女子学生の活躍が目立った。(このサークルは今や完璧に女性上位ですね)
*そして、一番見応えがあったのは、女性三人で演じたイリュージョン「剣の封印が今、解き放たれる・・・」でした。

“タダ”で見せて貰った上に、苦言などを言ってはいけないのでしょうが、2千5百円の交通費を使ったので、一言だけ言わせて貰えば、“観た後にも余韻が残る、切れのあるテクニックの演技”が一つ欲しかった点でしょうか。男子のKMSメンバー~がんばりましょう。
学生のマジッククラブ(サークル)は、時代と共に流れ行くものです。そして必ずしも発展して行くものとは限りません。その航海の行方は其の時々のクラブ(サークル)のメンバーに委ねられているのです。・・・“BON VOYAGE !!”
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by ishiken55 | 2005-06-12 18:47 | マジック エッセイ | Trackback | Comments(0)

“いしけん”の 「カード・ハンドリング」

皆さんは毎日カードを手にされていますか。私は一日一回、カードを手にすることにしています。ただし、それは約2分程のごく短い時間です。たった2分でもカードに触ることは、カードのテクニックを維持する意味合いもありますが、社会人からプライベートな自分へ回帰するセレモニーにもなっています。では、その2分間で何をするかといいますと、ルーティンに沿った「カード・ハンドリング」を一回行ないます。この「カード・ハンドリング」はカードマジックを演じる前の“フラリッシュ”としても使用しているものです。訪問して戴いた方々のカード・トレーニングの参考になればと思い、今日は私の「カード・ハンドリング」内容を公開します。

c0049409_22321938.jpg<ルーティン>
①ワンハンド・カットを2回。
②ローリング・カット。
(「奇術種あかし」の回転パス)
③ノーマル・カット。
(記載もれにつき、6月14日追記)
④アップ・リフルシャフル。
⑤ワンハンド・リフルシャフル。
⑥スタンダード・リフルシャフル。
⑦アンダー・リフルシャフル。
⑧フラッシュ・トス。
(4月29日の記事参照)
⑨スプリング。
⑩カスケード。
⑪裏向き両手上のリボンスプレット
 ~閉じる。(ルポールの“A Flourish and a pass”)
⑫表向きに持ち換えて、⑪と同じアクション。
⑬左手表向きのデックに右手を添えて正ファン。左片手で閉じる。
⑭デックを裏向きにし⑬と同じアクション。
⑮右手で裏向きのデックの上半分をパームしてから、左手で片手・逆ファン。
 その直後に右手で片手・逆ファン。一瞬間を置いてから両手のファンを閉じる。
(ルポールの“An Instantaneous Palm Flourish”を逆ファンにしたアクション)
⑯デックを右手で片手・逆ファン。一瞬の間を置いてから閉じる。

*各パートのアクションはスムースに、そして各パートの終わりに一瞬のアクセントを付けるようにします。急いで行なう必要はありませんが、テンポよく進めて正味時間は1分20秒程度で収まるようにします。

*②で「奇術種あかし」という古い本を、敢えて参考文献として記載しました。この本は理工図書発行、柴田直光氏著のマジック解説書で、初版は昭和26年、私の購入本は昭和40年版です。40年前の時点で既に古い内容と言われてはいましたが、戦後間もない頃のマジック界の雰囲気が伝わって来ます。また、今でも参考となるアイテムがかなり含まれています。
この本のカードマジックの箇所はJean Hugard氏著「The royal road to card magic」をベースにして書かれています。・・・こういう古い本は再版される可能性が無いのでしょうが、若いマジシャンにも、一度は読んで頂きたい一冊です。購入しなくても、各都府県の図書館検索システムでマジック関連本の保有状況を確認し、借りる手もあります。< 東京都の検索サイト>は http://metro.tokyo.opac.jp/
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by ishiken55 | 2005-06-08 22:55 | カード レクチャー | Trackback | Comments(0)

「週刊新潮」 創刊2500号を買いました。

数ヶ月に一度位の割合で、興味を引く記事があるときに「週刊新潮」を買います。
今回は表紙に書かれた「創刊2500号記念」というキャッチ・フレーズに誘われて、つい手を伸ばして買ってしまいました。パラパラと捲ったページの中で懐かしさから目に留まり、印象に残った三人の方のお話をしたいと思います。

c0049409_2232646.jpg「谷内六郎さん」
週刊新潮が創刊された昭和31年2月から、昭和56年の1336号まで、谷口六郎さんが表紙絵を描かれたそうです。その谷口さんの表紙絵14点が掲載されていましたが、田舎の風景と子供を題材に素朴なタッチで描かれた絵は、遠い子供の頃の思い出と重なり、何とも言えない郷愁を憶えました。

昭和40年頃だったと思います。池袋の西武デパートで「週刊新潮の表紙絵」の展示会があり、通学路なので、たまたま立ち寄ったその会場に、水の入ったバケツを抱え水彩画を描いている人が居ました。周りの人との会話からその人が谷内六郎さんと判りました。自分でも描けそうな絵を前に、週刊誌の表紙は“きれいなおねえさん”の方がいいのになどと思ったものでした。十代のその時と五十代の今、時と歳が谷口六郎さんの絵に郷愁を感じる感性を与えたのでしょうか・・・

「小野田寛郎さん」
元日本兵の存在がニュースとなっているためか「元日本兵の靖国」というタイトルで小野田寛郎さんの写真が2点掲載されていました。83歳になられたとのことですが、その一点は中学生、高校生を前にして、何かを語り掛けている柔和な笑顔の写真です。この方の思想信条は存じませんが、30年近い歳月を経てジャングルから帰還された時の映像も、今回の写真も、私は小野田さんに意思を持った人の凛とした“青春”を感じます。同邦人として出来る限り長生きして戴きたいお一人です。

「京マチ子さん」
巻末に「1956の名花たち」のタイトルで、週刊新潮が創刊された時代にスターだった12名の女優さんの写真が載っていました。どの方も私より十歳以上年上のお姉さんですが、皆さん個性を持った美しい方達ばかりです。25歳の八千草薫さんは可憐な感じでいいですね。この中で私が一番ファンだったのは京マチ子さんです。
そのきっかけは、「細雪」という谷崎潤一郎氏の作品を研究にしていた19歳のときに、谷崎氏の「湘碧山房」という湯河原のお宅を友人三人と訪問し、松子夫人と対談させて戴いた中で、「映画化された作品を谷崎先生はどう思われていましたか」との質問に、「どの映画も自分の作品という感じがしないと言っていました。その中で京マチ子さんが演じた“春琴抄”が一番良かったと言っていました」と松子夫人からお聞きしたことが始まりでした。特に京マチ子さんの昭和二十年代の映画は、若い女性が持つ我儘さが魅力的です。

「湘碧山房」を訪問した時は、谷崎氏が亡くなられて二年程経っていました。紹介者もいない学生にも拘らず、一時間に亘る対談の録音、「細雪」初版本等の資料拝見、書斎に案内して頂き谷崎氏の仏壇にお線香を、お鮨やみかんを食し、帰りはハイヤーで送って頂きました。この出来事は、より谷崎文学のファンにしましたが、「細雪」のモデルでもある松子夫人のファンにもしたのでした。「週刊新潮」の創刊号の表紙に<鴨東綺譚 谷崎潤一郎>とありますが、どんな作品なのでしょう・・

今日はマジックの話ではなくて、ごめんなさい。
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by ishiken55 | 2005-06-05 22:13 | モノローグ | Trackback | Comments(0)

クロースアップマジックとステージマジックの“ハザマ”で想うこと

最近、前田知洋さんや藤井明さんなどのクロースアップマジシャンが現れて、クロースアップマジックが注目されるようになりました。いろいろなタイプのマジック(奇術)を、一般の方々に「観て・・楽しんで・・興味を持ってもらう」ことは、マジシャンの一人として大変嬉しいことです。ただ、テレビのクロースアップマジックの番組は、観る側にタレントを配し、そのリアクションが演出され過ぎていることは少々気になります。本物のクロースアップマジックの良さは、予想の付かないリアクションの観客を前にして、その場の状況を把握し、対話をし、演じるストーリーを微妙にコントロールしながら演技を進めて行くことにあると思っています。テレビカメラは一台を固定。観る側への事前の演出は行なわずに、クロースアップマジック番組を製作したら、けっこう面白いものになるのではないかと想っています。

さて、私は学生マジッククラブ出身であることを以前お話しました。マジックの道に入って約二年が過ぎ、グループの先輩達六人が社会に出てしまった時、振り向けば・・・私と一学年下のN君の二人しかグループにいないことに気付きました。そして先輩達が「我奇術クラブは某クラブを乗っ取り“部”への昇格をした」と言っていたのですが、どうも実態は「某クラブに“居候”、悪く言えば“不法占拠”」をしていたようで、学生間では了承を得ていたものの、学校側には承認を受けていないことも判明したのでした。そこで、N君と今後について相談。N君が「これからも一緒にやっていきます」と言ってくれたのを力に、マジックの深山に向い、がむしゃらに突き進んで行きました。

一年後には名実共に“部”として認められ「学外ホールで発表会を開催」する事を次の目標にしました。そしてクラブの永続的な発展を目指すため、活動のメインは「ステージマジック」サブに「クロースアップマジック」と位置付けました。在学中に果たせなかった「学外ホールでの発表会」は、後輩達の努力によりOB三年目に実現し、そのときを含め、合計四回のOB出演をさせて貰いました。(後輩達に対し、押し付けがましい行為だったのかも知れませんが、いろいろなステージを経験した中で、この幕の中が私自身の一番思い出に残るステージです)

そんな経歴から、私を含めた出身クラブのOB、OGはステージマジックが活動の主体であったため、クロースアップマジックについては、レベルが少々低いように思います。(中には“イケル”後輩もいますが)また、社会に出るとステージマジックを行なう場は、自分で積極的に探す努力をしないと少なくなりますので、友人、知人が集まった“ちょっとした場”でも演じられるクロースアップマジック中心の活動の方が、マジシャン・ライフを続けるのに適しているように思えます。また年齢を重ねる毎に、ステージに立つこと自体に勇気が必要にもなってきます。M氏のように地元のマジック・サークルに入って活動することは、マジックを続けるためにはとても良い方法と思います。・・・・・こんな取り留めのないことを思いつつ、当面は「クロースアップマジック」と「ステージマジック」の“両刀遣い”を続けるつもりの“いしけん”です。
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by ishiken55 | 2005-06-01 22:29 | マジック エッセイ | Trackback | Comments(0)