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珠玉の 「カード当てマジック」 <作品 5>

「カード当てマジック」5回目の今回は、三人以上の観客を前にしているときに、「カード当てマジック」のラスト演目として最適な作品を紹介します。

五、六名の観客にカード当てを演じていると、どうしても活発な一人か二人の人だけがカードを選択することになり、残りの人達は自分でカードを選ぶ機会が訪れないために、ちょっぴり疎外された思いでいたりするものです。観客全員がカードを選択し、自分のカードを観客自身の手で出現させるというクライマックスのこの作品をカード当ての最後に演じることにより、マジックを観た全員に参加意識を実感して貰うこができます。また、観客全員が“カード”に触れるので、その時に観たマジック全体の印象を高め、忘れ難いものとなる効果もあります。

このカード当て作品は、38年前に私が命名した「エジプトの秘密」と言います。
(「エジプトの秘密」は、特定のマジッククラブ出身者の一部ではポピュラーな作品となっているようですが、40年近い歳月を経た今も一般の方には全く無名の作品と思います。)

<準備>
カード一組。観客が3~7人程度(4~6人が理想)の時に演じるようにします。
下記の解説は、観客が4人いるとして説明します。

<アクションとシークレット>
① 客全員にカードを1枚ずつ選んで貰い、そのカードを各自に憶えて貰います。

② 演者は残りのデックを二つに分け左右の手に持ちます。一つのパケットを持った左手を客の方に伸ばし、客のカードをその上に戻して貰います。(このとき、カードを戻す順番は右側の人から順に行ないます。なお、この行為は無意識的に行なうことが重要です。)

③ 左手のパケット上に右手のパケットを乗せ、カードを一つにして良く揃えます。
(このとき、左手のパケットの上にブレイクを作っておきます。)

④ デックをカットします。(ダブルカットで客のカード部分をトップにコントロールします。)

⑤ リフルシャフルを1回又は2回行い、カードをよく切り混ぜます。
(このリフルシャフルは、この作品の一番のポイントとなる箇所で、客が選んだ数枚のカードが良く切り混ぜられた様に思わせる必要があります。やり方は、デックの下側だった方はトップカードのみを残して先にリフルを終え、客のカードがあるデックの上側だった方は「客の数+α」の枚数を最後に纏めてリフルし、その上に逆側の最後の1枚を乗せるようにします。これを揃えるとトップから「任意の1枚~客の選んだカード群~」となります。)

⑥ デックを左手に持ち、トップとボトムのカードを右手の親指と人差指で同時に抜き、その2枚のカードをテーブルの左端に置きます。同様に2枚ずつカードを抜いて「客の人数+1」のパケットを作り、その上に更に2回カードを配り、合計6枚のパケットにします。[写真参照]
(このとき、「このカードの配り方は、“エジプト”で使われているやり方で、一度に2枚ずつ配れるので速くて便利ですよ」などと、“適当なこと”を客に話しながら行ないます。)

⑥ テーブルの上の右側のパケットを右側の客に手渡します。同じ様にパケットと客の並びを合わせて手渡していき、最後のパケットは演者自身が持ちます。
(この時、客が選んだカードは各自が持った6枚のパケットのボトムから2枚目にあります。)

⑦ それぞれの客に、手に持ったパケットを“アンダー&ダウン”を行なうように指示します。そして最後の1枚になったら、それを手に残しておくように頼みます。
(“アンダー&ダウン”は、人によっては要領が飲み込めない客もいますので、演者は自分が手にしたパケットを使って見本を示して良く説明することが重要です。)

⑧ 客全員が最後の1枚になったら、選んだカードを心の中で再確認して貰います。そして手の上のカードを1回叩いてから、カードを表にするように指示します。

⑨ カードを表にすると、それぞれの客が最初に選んだカードが自分の手の中に現れます。

◆珠玉の「カード当てマジック」は、今回で一区切りとします。
<作品 1>から<作品 5>まで、記載順に一つのルーティンとしての意味合いを持たせて公開しました。<作品 2>以外は簡単な技法だけで構成されていますので、40年に生れたこれらの古の作品を、初心者や若いカードマジシャン方に継承いただければ幸せに思います。なお、カードマジックについては、別の切り口でまた記事にしたいと考えています。
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by ishiken55 | 2005-08-28 12:26 | カード レクチャー | Trackback | Comments(0)

白い 「四つ玉」 に青春の汗が迸る

スライハンドマジックで、いちばん最初に取り組んだ演目は「四つ玉」でした。
JMA発行の「四つ玉の奇術」から始め、それを習得すると、次に力書房から出版されていた金沢孝氏の「四つ玉研究」に取り組みました。そして、この「四つ玉研究」をベースにした手順で三十九年前の学園祭で「四つ玉」を演じました。金沢氏の手順はリピートが無く技法密度の高いものでしたが、今から思えば“ゆとり”や“あそび”がないことが欠点であったのかも知れません。その後、ガチガチの練習を続けなくても演じられるように、前記の手順を易しいものにアレンジしたルーティンを創りました。そして、そのルーティンの「四つ玉」は五~六年間レパートリーに含めていましが、演じるに当たっては“ごまかし”が効かない演目のため、潔くレパートリーから外すことにしたのでした。

「四つ玉」を卒業したのには、その他に二つの理由があります。
*一つは、出身クラブ゙の後輩達が自分より優れた演技を発表会で演じ始めたこと。
*二つ目は、「四つ玉」は角度に弱く、予め下見を行なえないアマチュアマジシャンのステージにはマッチしないと考えるようになったことです。

今でも「四つ玉」の演技を観ると、つい厳しい評価をしている自分に気付きます。そして“飛び切り良い演技”に出合った時は、心から嬉しくなる演目でもあります。
かなり前の事ですが、「スライハンドマジックの中で一番困難で奥が深い演目は何だろう」と言う問いを後輩達にしたところ、「カードマニピュレーション」と「四つ玉」の二派に分かれました。ご訪問の皆さんはどのようにお考えでしょうか。

青春の汗が迸った白い「四つ玉」を手にすることは、二度と無いだろう

と思っていました。ところが・・先日の夏休みに訪れたマジックショップで、柔らかいプラスチック製の「四つ玉」が目に入り、廉価であったことも手伝って、購入してみました。手に挟んでみると、玉が吸い付くような感触なのです。「こんなのありか!」・・「これなら、またやれるんじゃないか!」・・という“危険な想い”が、“いしけん”の心に擡げ始めてしまったのです。復活は望めそうにありませんが、末梢神経の運動にも良さそうなので、少し転がしてみようと思っています。

この商品の販売元を言ってしまうと、特定の会社の宣伝になってしまい、マジック関連の商品には公平をモットーとしている私の意思に反しますので、公表を控えることにしました。(ただし、前回の記事の中にヒントが隠されています・・)

c0049409_22271421.jpg三十年以上前に使っていた「四つ玉」を指に挟んでみました。“木の玉”は転がすどころか、落とさないように保持するのが精一杯でした。
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by ishiken55 | 2005-08-24 22:39 | マジック グッズ | Trackback | Comments(3)

夏休みのマジカル・ライフ

8月13日からの夏休みも、今日が最終日となってしまいました。“マジカル・ライフ”と言えるほどには、“マジック”との関わりは多くなかったのですが、この一週間の“マジカル”な出来事についてお話をしようと思います。

14日に9/24開催「マーカ・テンドー―マジック・コンベンションinつくば」に参加申し込み。
電話に出られた方は事務方の人と思っていたのですが、色々コンベンションの内容について教えて貰っていたところ「私マーカ・テンドーです」と言われ、テンドーさんと話していたことが判りました。当日まで一ヶ月ですが、ステージとクロースアップの両方のショーが観られるとのことなので、今から楽しみにしています。

同じく14日に池袋の“ジュンク堂書店”で荒木一郎氏著「テクニカルなコインマジック講座」と泡坂妻夫氏編「日本名随筆 別巻7 奇術」を購入。
荒木一郎さんと言えば、我々の年代には“歌手”というイメージが強いのですが、クロースアップマジックの研究家としてもかなりのレベルの方のようです。この本の“まえがき”にも書かれていましたが、マジックを始めて十年経った頃に出版された二川滋夫氏著、日本文芸社刊「コイン奇術入門」が私にとってもコインマジックの入門書でした。そして、その後の「コインマジック辞典」、「世界のコインマジック」がその世界を広げてくれました。この本から私の“コインマジック・リスト”に入る作品があることを願いつつ、読み進めて行こうと思っています。
最近、復刻本を含め洪水の如くにクロースアップマジック関連の本が刊行されています。それに引替えステージマジック関連の本は、東京堂刊をみても四十数冊中5冊(入門シリーズの3冊とカタヤマ氏の2冊)しかありません。この状況はマジック愛好者の実態とは異なっているように思え、これからクロースアップ系の“ゆれ戻り”の時となる予感がしてなりません。

終戦記念日の15日、学生時代の友人O君と二十五年振りに会い、築地の鮨屋で会食。
O君は品川に本社がある電気メーカーS社に勤めていましたが、c0049409_772567.jpg二年前に退職し、今は読書と釣三昧の日々の人。私は学生の時、S社の総務に勤めていた後輩のN君のお姉さんの紹介で、S社でアルバイトをした経験から、就職はS社が第1希望だったのですが、学内選抜であえなくO君に敗北。そのO君も役目を終えて・・・にちょっぴり感慨深いものがありました。
そして、私のO君に対する感想「昔は渡哲也バリの硬派の柔道家だったけど、今は食文化研究家の永山久夫さん似の柔和なおじさん」に対し、O君の私への感想「昔はカワイくて凛々しいマジシャンだったのに、その面影は全くない」・・・との言葉に、しばらくは立ち直れない“いしけん”でした。二十五年の歳月って恐ろしいものですね。(右の写真は、学生時代にO君から北海道のお土産に貰った“若い頃のO君のような熊さん”です)

17日から18日にかけて、日光方面にある先輩T氏の別荘を訪問。
霧降高原の「大笹牧場」でソフトクリームを食した後、山道を下って渓流釣場へ。そして久振りに虹鱒釣をしました。・・・最初の三十分は入れ食い状態で魚が掛かるのが煩わしい。次の十五分は真剣に魚と格闘。最後の十五分は必死に恋しい魚を求める自分が・・・一時間の間に、人生を垣間見てしまったのでした。
夜、T氏の「手品師が来ているよ」との誘いに、別荘にやって来たのは渓流釣場の管理人のIさんだけ。それでもめげずに、カード、コイン、パドルなどのクロースアップマジックを演じました。ボロボロの演目もありましたが楽しんで貰えたようでした。私が持って行った地元のワイン二本とT氏が縁の下から取り出した八海山が底を尽いたころ、Iさんは自力で立てないほどに満足されて帰って行きました。(そのIさんに“トライアンフ”をリクエストされたのには驚きました。前田さん、ふじいさん、セロさん等のマジシャンがテレビで演じている影響なんですね)

19日はマジックショップを3軒巡り、少しばかりのマジックグッズを購入。
新潟産のファンカード一組(使うことは無いでしょう)、バイスクル・ブランドの「PLAYBOY カード」(プレイボーイの表紙をフェイスにしたカードですが“June 1976”は購入した記憶があり懐かしい)、それとステージ用のグッズ二つ(一つは既出記事の背信となるので言えません。もう一つは近日の記事で公表予定)を買いました。
最後に、購入したDPグレープ製グッズの“ボーナストリック”として付いていた「ピーターパン物語」はグッドでした。DPグレープ、なかなかやりますね。
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by ishiken55 | 2005-08-21 07:30 | マジック エッセイ | Trackback | Comments(0)

W君の “コインの消失”

今回の“コインマジック”は、またまた古い話になりますが・・39年前に後輩のW君から教えて貰った簡単な“コインの消失”です。
“一芸”的な作品としても通用しますので、コインマジックをレパートリーにしていない方も、この“コインの消失”をマスターしておくと、必ずや役に立つ時があると思います。

<準備>
*五百円硬貨1枚。(ハーフダラーは本格的奇術のイメージとなるので避けます)
*ジャケットやスーツ等を着ていることが必要です。

<手順>
①客に五百円硬貨を示した後、右手の中指の上に乗せ、硬貨のエッジに親指と人差指を軽く添えます。(この持ち方がポイントです。親指と人差指だけで挟み持つと、このマジックのシークレットの飛ばすイメージが連想されてしまうからです)
②左手を下に向けて手の力を抜きます。
③硬貨を持った右手を左手に近づけて行きます。[写真 上]
④右手の硬貨を左手で握り取る動作を行います。(この時、右手の親指と人差指で硬貨を飛ばして、硬貨を上着の袖の中に入れてしまう)
⑤握った左手の拳を返します。[写真 下]
⑥左手の拳を開いて、硬貨が消失していることを客に示します。
⑦左手を下げると硬貨が袖の中から掌の上に落ちてくるので、客に悟られないよう硬貨を処理します。その硬貨をパームし、別のコイン作品に繋げる事も可能です。

◆このコインマジックと類似した解説が、高木重朗氏著「コインマジック辞典」のスリービングの項にありますので、本書をお持ちの方は参照ください。ただし細かい箇所に差異があると共に、この本が出版される二十年以上前から、この“コインの消失”を演じてきましたので、W君からの継承作品として掲載することにしました。

◆この“おうち”に度々登場するW君は、私と二つ違いの出身クラブの後輩ですが<入学、入部、退部、再入部、留年、退部、退学・・再会>の道を辿った波乱の人でした。そのW君と最後に会った時から、もう二十年以上が経ったでしょうか。それは・・・いつも飄々としたT氏と若くして白髪紳士のO氏の先輩二人、歳を重ねても少年のような一つ違いの後輩のN君、美男子ではないのに何故か女性にモテるW君(このときも接待役に若くてかわいい“奥さんではない女性”を連れていた)、そして私を含めた四人での冬の再会でした・・・

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by ishiken55 | 2005-08-17 06:27 | 色々 レクチャー | Trackback | Comments(3)

任天堂提供の 「手品のテレビ番組」 がありました。

c0049409_1145223.jpg今日は私のマジックとの関りの中で、一番時代を遡った話をしたいと思います。
任天堂と言えば・・・今やテレビゲーム機の世界的な企業ですが、私の子供の頃はトランプのメーカーとして広く知られていました。昭和36年頃、任天堂提供の“手品のテレビ番組”がありました。それは週一回、6時からの30分番組。テレビが初めて家にやって来たのが中学一年の時でしたので、その頃の事ではないかと思います。

司会は柳沢よしたね氏。毎回プロのマジジャンが登場してステージマジックを演じました。数多く出演したマジシャンは当時二十歳前後だった若手の島田晴夫師です。島田さんの「四つ玉」や「鳩出し」などの演技を記憶していますが、私自身マジックの道に入ることなど思いもしていなかった頃でしたので“手品が上手な愛嬌のあるお兄さん”という程度の感覚でしたでしょうか。

そして柳沢さんが任天堂のトランプを使い、簡単なカードマジックのレクチャーを行なっていました。「キーカードを使ったカード当て」、「絵柄の方向性を使ったカード当て」などをそのコーナーで憶えました。中学三年生になった直後の四月の奈良京都の修学旅行で、夜中に「日の出号」(新幹線がない時代の修学旅行専用列車)の車中でトランプ遊びに飽きたクラスの仲間にトランプ手品を見せて、「すごーい!」と言わせたことを憶えています。これがマジシャンとしての“初デビュー”だったのかも知れません。

ps
私の小学生時代は、まだラジオの時代でした。吉永小百合さん出演の「赤銅鈴の助」を聞くのを楽しみにしていた少年でした。ラジオは映像がありませんので“聡明で美しいおねえさん”小百合さんの姿に出会うのは、中学生になってからのテレビ番組でした。

今年の正月に三省堂で村上陽一郎氏の本が目に入りました。(メジャーな学者になる前の村上先生に「科学史」の講義を受けました。出席も取らず、試験も無いのですが、殆どの学生が出席する授業でした。魅力ある教師には、自然に学生は集まるものなのですね)懐かしさも手伝って、その本「やりなおし教養講座」(NTT出版刊)を買いました。その本の中で村上先生は“テレビは持たず、テレビを観たことはほとんどない”と書いていました。

テレビを全く観ないという生活は、今の私には考えられませんが、テレビ番組の“功罪”について私達がもっと考え、番組の“選別”をして行く必要があるのでしょう。また暇つぶしや興味本位だけのテレビ番組については、製作側が考えて行かないと“テレビの将来は危うい”と言っても過言ではないと思っています。
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by ishiken55 | 2005-08-13 11:51 | マジック エッセイ | Trackback | Comments(1)

「ファンカード」 のワンポイント・レクチャー <パート3>

ファンカードの演技を構成する主要素は、ファンの“出現と消失”、“形の変化” そして “色彩の変化”です。今回は一瞬の演技ながら、この三要素が織り込まれたファンの“カラーチェンジ”の技法について解説します。

<“いしけん”のファンのカラーチェンジ>
①左半身に構え、右手で“片手正ファン”にて胸の高さにファンを開きます。

②左手の人差指を、裏側からファンの先方の上端に軽く当てます。(写真 上)

③左手の人差指を円を描く様に先方から手前に引き込みます。そのアクションと同時に右手のファンを“片手逆ファン”で開き換え、ファンの色彩を一瞬で変化させます。(写真 下)

④右手のファンを片手で閉じます。

<演技のポイント>
◆①でファンを開いてから④でファンを閉じるまで、ファンの位置を動かしてはいけません。

◆③のアクションで、左手の人差指をファンに添えなくても“カラーチェンジ”は可能ですが、人差指を添えることで、変化のスピードが増すと共にアクセントが付いて、ファンの変化がより美しくなります。c0049409_2123591.jpg
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by ishiken55 | 2005-08-09 21:36 | ファン レクチャー | Trackback | Comments(0)

「マジックの心理トリック」 を一気に読む

c0049409_10222191.jpg“角川oneテーマ21”新書に「マジックの心理トリック」という本が刊行されたことを知り、先週の土曜日にさっそく近くの本屋で見つけて購入しました。その夜から読み初めて・・・日曜日にかけて一気に読み終えました。

著者の吉村達也氏は推理作家だそうですが・・私は文芸書を読むことを趣味としているものの、推理小説は“松本清張”以外は殆ど読んだことがありませんので、吉村氏の名前はこの本で初めて知りました。(・・忘れるところでしたが、マジック界の大御所のお一人でもある泡坂妻夫さんの曾我佳城モノは、それなりに読んでいますよ)

吉村氏の小説については未知ですが、さすが作家の方が書いた文章です。読み始めると止まらなくなり、その内容にどんどん誘い込まれて行きました。読むのが止まらなくなった理由のもう一つは、マジックに対する基本的な考え方や想いが、私の代弁者ではないかと思えるほど共感したからです。吉村氏は私より若い方のようですが、文章の端々からマジックに関する豊富な知識が覗われ、どのようなマジックの経歴の方なのか興味を抱かせました。その他の感想を下記に書き留めますので、マジシャンを自認される方々に、本書の一読をお薦めします。

◆私も三十冊ほどの「奇術研究」を所有していますが、初期の頃のものは目にしたこともありませんでしたので、創刊号の記事や逸話、五十年前のマジック界の状況には、とても興味を憶えました。

◆このサイトも“ちいさいマジックのおうち”としていますが、私自身“手品”や“奇術”に換わる“マジック”という表現に、今後の“この世界”の発展性への想いを抱いている一人です。

◆この本の中で、一番共鳴した箇所は「クロースアップ・マジックの魅力は、マジックそのものや技術的能力よりも、最終的にはマジシャンの人柄にかかる所が大きい」という文章でした。

◆最後に、本書で物足りなかったところを言わせて貰えるなら・・・“クロースアップ・マジック”にスタンスを置いて書かれていたために、紙面の都合があったのではないかと思いますが、“ステージ・マジックの将来像”や“世代、男女、の違いによるマジックの存在価値”などについても言及して欲しかったことでしょうか。
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by ishiken55 | 2005-08-06 10:27 | マジック ニュース | Trackback | Comments(2)

幻のダンシングケーン

今年の冬に開催された私の出身クラブの発表会で、今までにない楽しい「ダンシングケーン」の演技を観ました。その演技と、私が39年前にそのクラブで初めて演じた「ダンシングケーン」の演技とを心の中で比べて、“道具、技法、演出”の全てについて、これが同じ演目なのかと思えるほどのあまりにも大きな違いに、時代と共に変遷するマジックの一面を垣間見た思いがしました。

・・その日、T氏が“黒いステッキ”を持って部室に現れました。何かバランスの悪いその“ステッキ”を使い、私とN君、W君の三人を前にして、空中を飛び交う「ダンシングケーン」なるものを、たどたどしいアクションで後輩の私達に演じて見せました。そのころの私達は、スライハンドの道具を除けば“マジック道具は買うものではなく、自分で創るもの”という感覚でしたので、さっそく数週間を掛けて三人はそれぞれ自前の「ダンシングケーン」を製作しクラブに持ち寄りました。

私が製作した道具は、“竹の釣竿”に“黒い毛糸”を巻き、トップに“マジックインキの白いキャップ”を被せ、先端には“白いペンシル”を差し込んだものでした。

c0049409_21263634.jpg外観は重厚で自慢の出来だったのですが、重いのが欠点でした。
(最近の軽素材の釣竿を使えば軽いモノができるのでしょうが・・)
その長くて重い「ダンシングケーン」で練習を始めましたが、重いために“細糸”では切れてしまうので“太い木綿糸”を使用しました。それでも振出しに力を入れ過ぎるとよく切れました。また、今の技法と大きく異なる点は、糸を親指に掛けてから掌に一回巻き込み、ケーンの水平を保持する長さにしていたことです。糸が長いので、両腕の親指に掛けての移動や、振出しがダイナミックとなる長所がありましたが、小回りの利いたテンポよい演技には不向きでした。

その年の夏、三越のマジックショップで“明治マギーグルッペ”所属のアルバイト氏と話をしていたら、その人もステージ演目として「ダンシングケーン」に取り組んでいるとのことでした。「君のケーン見せて」と言われ、翌日持って行くと「外見はシックだけど、重いし糸が長いね」と言われ、自分のケーンは世間のモノとはだいぶ異質なのかなあ・・と思ったりもしました。
その年の学園祭は、「四つ玉」、「タンバリン」、そして「ダンシングケーン」が私の演目でした。(この年は出演者四人で1時間の公演でしたので、一人2~3演目の出番がありました)一日2回公演の二日間、合計4回の演技を行なって、私の「ダンシングケーン」は終わりました。

その後、ダンシングケーンを演じたことはありませんし、ダンシングケーンに触ることさえありません。でも若いときの経験というのは不思議なものです。四十年近い昔のことなのに、目を閉じるとそのときの演技手順が今でも蘇ってきます・・そして、あの時の「ダンシングケーン」が“幻”のように現れてくるのです・・。
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by ishiken55 | 2005-08-02 21:34 | マジック グッズ | Trackback | Comments(0)