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霜月閑話・・・<“鯨”恋しや~>

c0049409_19533386.jpg岩波書店発行の雑誌「図書」11月号の対談記事は、画家で作家の赤瀬川原平氏と評論家川本三郎氏の『三丁目の夕日の頃』。その中で“今はなきもの”の一つとして“鯨”が取上げられていました。小学校の給食で食べた「鯨の竜田揚げ」、我家のちゃぶ台に夕食のおかずとして登場した「鯨のベーコン」、どちらも私の大好物でした。社会人になってから、新宿の「思い出横丁」でホッピーのつまみに食した「鯨カツ」も懐かしい鯨味の一つです。

今でも「鯨のベーコン」は街の魚屋で見かけるので、買い求めて酒の肴に食することがありますが、その食味には失望する事の方が多いのが実情です。
鯨が食卓から消えたのは、国際捕鯨委員会(IWC)の鯨の保護を目的とした禁止措置によるものと聞いています。本当に捕獲を皆無にしなくてはならないほどの状況なのかは分かりませんが、“ゼロ”と言うのはどう考えても極端過ぎるように“鯨党”には思えます。

何事も、余りに希少価値となり過ぎると、怪しいモノに変質してしまうようです。
ですから、私は“希少価値”という名の“価値”には注意するようにしています。
それは、マジックの世界についても言えることかも知れません。そして、悲しいかな~あのショウガやニンニクの風味が沁み込んだ「鯨の竜田揚げ」は、記憶の中でしか味わえない時代になってしまったのは確かなようです。

・・・と言うことで、今夜の心情を句にしてみました。その駄句は~
   ひとり酒 想いが巡る 芸と鯨
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by ishiken55 | 2007-11-30 20:11 | モノローグ | Trackback | Comments(0)

『奇術研究』 を読み耽る日々―

昭和31年(1956年)から昭和54年(1979年)までの23年間、祖師谷の力書房から発行された季刊のマジック雑誌『奇術研究』。近年、東京堂出版より復刻版が販売されましたので、若いマジシャンの方達もその存在はご存知かと思います。

私がマジックに関わり始めたのは『奇術研究』発行期間のちょうど中盤の頃でした。奨学金で学費を賄っていた貧乏学生でしたので、バックナンバーを購入する経済的余裕はなく、17号から40号までの『奇術研究』は先輩のマジシャンからお借りして貪るようにして読み、興味を抱いた箇所はノートに書き写したりしました。

続きの号はリアルタイムで購入を始め、70号の手前まで購入を続けました。購入方法は、当初は“年会費”を払い込み、郵送して貰っていたのですが、池袋の大きな書店に置かれるようになってからは、立ち読みをして気に入った号だけを購入するようになりました。第一次オイルショック前の昭和40年代中頃、週刊誌が八十円の時代に50ページ程のペラペラな雑誌が五百円。それをレジで店員に手渡すと、“0”が一つ間違っていないか何度も確かめる姿が印象に残っています。

そして・・出身クラブに“無期限の貸出し”をした号、近年に古書として“しこしこ”と買い漁った号、はたまた後輩のマジシャンから“強奪”してしまった1冊の号など・・それらを±(プラス・マイナス)して、全体の約半数の号を所有しておりました。
ところが先日~ある方のご好意により、所有していない残りの半数の号をお譲り頂いたため、『奇術研究』の全86冊がオリジナル版で揃うことと相成ったのでした。

その結果、毎夜~初めて目にする号、30年・40年振りに再会する号~とのご対面で、夜更かしが続き、健康に赤信号が灯る事態にまで至ってしまいました。
初期は米国で活躍された石田天海師やTAMC会員(坂本種芳氏、柴田直光氏、等)の記事が中心なのですが、やがて高木重朗氏が主筆へと変遷して行きます。そして全冊を通しコンスタントに執筆されているのが奇術研究家の平岩白風氏なのです。
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平岩白風氏
と言うと、ビキナー向けのマジック解説者というイメージが強く、マジックマニアの間ではあまり話題になりませんが、『奇術研究』の終盤の82号(創刊二十周年記念大会)と85号(世界奇術大会)の観察記で、その後日本奇術協会の会長を歴任されることになるプロマジシャンの方々への、忌憚の無い批評が印象的でした。その白風氏は2年前の平成17年、96才で天寿を全うされました。

◆ 先日の雨の日曜日、スコッチテープで『奇術研究』の手入れをし、平置きでは落ち着かないので、ケースを買って入れてみました。色とりどりの“23”は意外とこざっぱりとした姿で鎮座しています。昭和におけるマジック界の金字塔は、これからも私の“マジ友”としてリビングの片隅で輝き続けることと思います。

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by ishiken55 | 2007-11-24 12:22 | マジック エッセイ | Trackback | Comments(2)

女性マジシャン御用達の 「カード当てマジック」

c0049409_1195771.jpg6年前の師走のことです・・・NHK教育テレビの「おしゃれ工房」『親子でマジック』と題する番組がありました。講師はプロマジシャンの小林恵子さんと緒川集人さん。その番組の中で集人さんが「フラッシュカードチェンジ」を使用したカードマジックをレクチャーに取り入れていたのでした。
私が客の前で演じる“カードマジック”は、殆ど30年以上前に覚えた作品です。簡単でありながら一瞬に変化するカードの出現が美しい「フラッシュカードチェンジ」を見て、即自分のカード当ての出現法に加えたのでした。そしてその技法を女性マジシャンにフィットする様にアレンジをしたのが、今回解説する方法です。

<現象>
客が選んだ一枚のカードをデックに戻し良く切り混ぜた後、演者は一枚のカードを表向きにします。そして、そのカードが客の選んだカードではないことを確認してから、他のカードはテーブルに置きます。表向きにしたカードをテーブルのカードの上に載せ、手を“ささっと”左右に振ると、そのカードが客の選んだカードに変身しています。

<準備>
*デックのトップカードを秘かに覚えておきます。
(ボトムカードをチラッと見て覚え、ヒンズーシャフルでトップに切り上げます)

<アクション&シークレット>
①デックを裏向きで左手に持ち、客にデックの半分を取ってテーブルに置いて貰います。その上に残りのカードを90度ずらして載せます。そして客に告げます。「今貴方が取り分けた所のカードをお取りください。そしてそのカードを良く憶えてください」・・・と。(所謂カットフォースを使用して演者の記憶したカードを客に選択させます。別法でも可)
②客の選んだカードをデックの中に戻して貰い、デックを良くシャフルします。
③デックの表を見渡しながら「貴方の選んだカードはこれではないですね?」と言って、一枚のカードを抜き取りデックのトップに置きます。(このとき客のカードを探し出しデックのトップに置いてしまいます。表にするカードは適当なカードを選びます)
④表にしたカードを右手で取り上げ、その他のカードはテーブルに置きます。
(表にしたカードを取り上げる時、ダブルリフトで客のカードも一緒に取ってしまい、右手の中指は左上のコーナー、親指は右下のコーナーを持ちます)[写真 上]
「貴方のカードは何でしたか?」と聞き、客がカード名を答えると同時に、右手をテーブルに置いたデックの上にかざし、手を左右に数回デックを撫でるようにして振ります。すると、先程表にしたカードが“客のカード”に変化して現われます。
(右手をテーブルのデックの上に移動させる時、右手に持ったカードの左側を人差指で引いて180度回転させ、客のカードを表向きにしてしまいます)[写真 中・下]

ps
*「フラッシュカードチェンジ」は、通常左手の肘上から左手に持ったデックの上への移動で行いますが、テーブルの上に置いたデックの上で“ささっと”掌を左右に振るという所が上記の方法のポイントです。仕草がカワイらしいので“女性マジシャン向き”と書きましたが、男性マジシャンも横を向かずにお試しください。

*何気なく見た2001年12月の「おしゃれ工房」。マジック番組ではないのに、緒川集人さんがレクチャーをしたマジックは、“素人向け”の作品ではなく、正に“マニア向け”の作品だったのです。その頃、マジシャンとしては浅瀬でヤドカリと戯れていた自分に取って、生きの良い活魚が生息する深場へと立ち戻るキッカケを作ってくれた番組でもありました。

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by ishiken55 | 2007-11-18 11:33 | カード レクチャー | Trackback | Comments(0)

「日本の童謡」 と 「手品」

◆ 先月末に行徳へマジックを観に行った折、開演の一時間前にホールに到着したら、ステージ上はマジッククラブの前演目のハーモニカサークルによる演奏が始まる所でした。私の知らないモダンな曲、「東京ラプソディー」などの戦前の歌謡曲、そして懐かしい「みかんの花の咲く丘」や「里の秋」などの童謡を聴き、半世紀前に自分がハーモニカと親しんでいた頃を想い出しつつ、思いがけずに出会った素朴で哀愁のある音色を楽しみました。

 静かな静かな 里の秋 お背戸に木の実の 落ちる夜は ああ母さんとただ二人
 栗の実煮てます いろりばた~♪
(斎藤信夫作詞 海沼実作曲 「里の秋」より)

c0049409_20153396.jpg◆新潮社刊『日本の童謡』<誕生から90年の歩み>装丁の愛らしさに釣られ、先月三週間を費やし読み終えました。
日本の童謡は、大正初期に鈴木三重吉により創刊された児童向けの雑誌『赤い鳥』から、「かなりや」などの詩に曲が付けられ、その誕生となったとのことです。
その「かなりや」は、大正7年(1918年)11月に西条八十により発表されたそうですが、西条八十の次の童謡創作は、大正8年(1919年)1月に発表され「手品」と言う作品です。「かなりや」が、余りにも有名になってしまった反面、この「手品」の方は殆ど世に知られておりません。

こんな手づまが使いたい お父さんにお母さん お姉さんの舞踏靴 昨夜貰った巴旦杏
竈のうえの黒猫に 窓から見える帆前船 教会堂の円屋根と 屋根にとまった白鳩と
みんな纏めたそのうえに 青いマントをおいかぶせ 明けりや真紅な薔薇になる
こんな手づまが使いたい~♪
(西条八十全集 童謡 「手品」より)

散文的で歌にしづらい感じを受けますね。西条八十は当代の女流手品師“松旭斎天勝”の手品を観て“”を想像したのかも知れません。尚“巴旦杏”はスモモの一品種だそうですが、“白鳩”が手品用の“銀鳩”のことなのか定かではありません。

ps
童謡の三番の歌詞には、けっこう刺激的な言葉が含まれていたりします。
「てるてる坊主」;“それでも曇って 泣いたなら そなたの首をチョン切るぞ!”
「かなりや」;“唄を忘れたかなりやは 柳の鞭でぶちましょうか?”~おお怖!!
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by ishiken55 | 2007-11-11 20:21 | 文芸 エッセイ | Trackback | Comments(0)

母校の文化祭で3つのKMCステージマジックを楽しむ!

c0049409_223156.jpgこの所マジックショー観賞記の連続で少々恐縮しています。
テンヨーやTAMCといった高名なマジックショーには、興味を覚える方はそれなりにおられると思いますが、マイナーな存在の我出身クラブの「文化祭マジックショー」となると、興味を抱く方は僅かと推測されます。しかし私に取ってはマジックのレベル如何に拘らず、毎年大切にしているマジックショーの一つなのであります。
今年も春の~うららの~隅田川♪~沿いの母校を、爽やかな秋日和の“文化の日”(11/3)に訪れ、3つのステージマジックを観賞して来ました。

まずは恒例の“サロンステージ”から・・・
開演は、てっきり2時からと思っていたので1時15分に母校に到着、7階の特設会場に入ったら開演10分前、椅子席は既に満席となっていました。腰が悪いので空席を何とか探して着席すると、直ぐに約30分のステージが始まりました。 目元涼やかな一点・Kさんのパラソルから始まり、シンブル、リング、四つ玉、カード、ペイント~の6演目。個人的な好みでは、アクセントがあり不思議さもピカイチだったA君のペイントが一押しの演技でした。

次は「汐黎ホール」での“中夜祭ステージ”へ・・・
3時からは2月に開催する発表会と同じホールを使用した約40分の“ステージショー”を観賞しました。このステージは上級生中心で過去に取組んだ演目の中からお気に入りを選定しているため、どの演技も完成度が高く、ゆとりを持ってマジックを楽しむ事ができました。大立回りで大喝采T君のリングから始まり、ロープ、ペイント、シンブル、ダンシングケーン、ウォンド、ジャグリング~の7演目。どれも素晴らしい演目でしたが、A君のシンブルが技術的な高さと“決め”の良さから一番の好印象。(今回はA君が“いしけん杯”をW受賞?)

日曜日の“リハーサルステージ”まで観てしまって・・・
その次のスケジュールに、当然クロースアップマジックがあると思い、クロースアップ・ルームに行ったら、土曜日の“営業は無し”とのこと~残念無念!!
(その場を借り、演じてみようと秘かに目論んでいたマジックがあったので・・)
その後文化祭の催物をウロウロと覗いた後、5時から日曜日のサロンステージのリハーサル(ゾンビボール、シルク&ハト出し~等6演目)を1回拝見し、母校を後にしたのでした。

3つのステージを寄せ集めると、合計17演目の見応えのある2時間の『マジック発表会』になる筈なのですが、現実はそうならないところが~浮世の常?
(30回の記念大会となるマジック発表会は、来年の2月2日に開催予定です)

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by ishiken55 | 2007-11-06 22:37 | マジック ニュース | Trackback | Comments(0)