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『歴史読本4月号 明治女傑伝』 より

c0049409_22152580.jpgもう5年前になるでしょうか…その昔、吉永小百合さん主演で映画化された「外科室」の原作が読みたくなり、岩波文庫の泉鏡花『外科室・海城発電』を買いました。その文庫本の最初に登場したのが「義血侠血」という作品です。

物語は、乗合馬車(電車にあらず!)で偶然出逢った水芸の女芸人と法律家を目指す苦学生との哀話です。泉鏡花と言うと、ちょっと難解で芸術性が色濃い作品を思い浮かべると思いますが…この物語は越中から金沢を舞台にした明快で哀愁漂う大衆小説です。そして、この作品は明治27年(1894年)の発表の翌年に花房柳外が脚色、川上音二郎一座により東京浅草座で初演されたそうです。題名を「滝の白糸」と言います。

c0049409_22185881.jpg先日の日曜日、地元の本屋さんでカメラ雑誌を立ち読みしていたら、表紙に“四つ玉”を持つ貴婦人姿の若い女性の写真が載った雑誌が目に入りました。よく見るとその女性は松旭斎天勝師、雑誌の名は 『歴史読本4月号 明治女傑伝』なり。

早速その雑誌を購入し“天勝”のところをまず読みました。天勝さんは可愛らしさと妖艶さを併せ持ち、欧米のマジックをいち早く取り入れた稀代の女流マジシャンです。今回の記事は7ページに過ぎませんが、私の知らないことも書かれておりました。なお、この雑誌の記事を書いた川添裕氏は、近々“天勝の評伝”を一冊の本に書き下ろすそうです。

その松旭斎天勝が終生当たり芸として演じることになる和妻の水芸は、当初は松旭斎天一の売り芸だったようです。天一が天勝を伴い足掛け5年の米欧巡業へ出発したのが明治34年(1901年)。そして、天勝が帰朝後欧米流のモダンな花形奇術師として脚光を浴びるのは明治38年以降になりますので、天勝の水芸もその頃から人気となったのではないかと推測されます。それは「義血侠血」が世に出てから十年後のことになります。

泉鏡花の「義血侠血」に登場の気風がよく美貌の水芸女太夫のモデルは、てっきり松旭斎天勝だと思い込んでいたのですが、年代を考えると、それはありえない事が分かりました。
・・とすると白糸(水島友)のモデルは誰だったのだろう?(また新たな落し物)
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by ishiken55 | 2008-02-29 22:26 | 文芸 エッセイ | Trackback | Comments(0)

W君の 「ツー・カード・モンテ」・・・<パートⅡ>

W君が出身クラブに齎した『2枚のカードのみを使った二種類のカード・モンテ』。その一つを1月29日に掲載しましたが、もう一つの方法も忘れない内に記事にしておく事にします。前回の方法は掌を返すアクションが伴うため、客に何方が赤のカードか一瞬の戸惑いが生じ、その不確かな客の心理状況を巧みに利用する事で、3回程アクションを繰り返す事ができます。そして、そこがこの方法の魅力でもあります。しかし今回の方法はフェイントのないダイレクトなアクションですので、客に求められても決してリピートしてはいけません。

<アクション&シークレット>
①右手に赤と黒のカードを各一枚、V字形に持ち客に示します。 [写真 上]
②左側のカードに左手を添え、「赤いカードを良く見ていて下さい」と告げます。 [写真 中]
③V字の2枚のカードを、テーブルに離して逆八の字型に伏せて置きます。[写真下]
(この動作時に左右のカードを入れ替えてしまいます。両手の親指がポイント。)
④客に「赤いカードは、どちらだと思いますか?」と尋ねます。
⑤客が指差したカードを表にすると、それは・・・・・

ps
今回で、二つ後輩のW君の作品記事は4回目。(因みに、一つ後輩のN君の場合は1回、そして三つ後輩のD君は3回)・・・いやいや~勝手に後輩たちのお世話になっています。でも、彼らには十数年から二十数年逢っておりません。なお、現在は3人ともマジックに関わっていないと思われますし、この“おうち”のことも多分知りません。40年前は、それぞれが個性的な奇才マジシャンだった3人、いつの日か再会できることを想いつつ・・・

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by ishiken55 | 2008-02-23 12:08 | カード レクチャー | Trackback | Comments(0)

3周年を迎えた 『ちいさいマジックのおうち』 です。

今月の初めに、この 『ちいさいマジックのおうち』 は3周年を迎えました。
当初書きたいと考えていたことは、最初の一年で記事にしてしまったので、その後どうなることかと思いましたが、それから早二年が過ぎました。最近はマジックの見聞録やマジック関係のエッセイが中心となりつつありますが、これからも『温故知新』~“古き勾玉”に“新しい風”を当てたりしながら、バラエティーに富んだ記事を掲載して行きたいと思っています。

昨日は、マジッククラブの研修会に初めて参加した後、久しぶりに神保町に出て、新本や古書に触れて来ました。マジック書についても東京堂書店を訪れたら、新刊が数冊置いてありましたが昨年購入した本も読めていない状況につき、立ち読みだけでスルーしました。購入した本二冊の内の一冊は・・
朝日新聞社刊 『文豪・夏目漱石―そのこころとまなざし』

中3の時に「坊ちゃん」を読んで~本の面白さを知り・・高2の国語の授業で「こゝろ」に興味を持ち、文学全集や文庫本で「こゝろ」 「それから」 「三四郎」等の代表作を読んで~人生の愉しさと難しさを教えられ・・社会人になって漱石全集を購入し、漱石最晩年の未完の小説「明暗」を読み~この小説の“こゝろ”が読めずに一旦漱石に挫折します。その後は、「我輩は猫である」 「草枕」 「坑夫」 「虞美人草」 「門」 「彼岸過迄」 「行人」と読み進み、最後に残った小説が「道草」~この小説、漱石の幼少時の養子経験が土台となる暗い話のため読みが進まずに、彼此3年ほど座机の下に“道草”状態で鎮座しています。

好きな漱石の小説は?と問われたら、「三四郎」「虞美人草」と答えることにしています。購入した本を捲っていて知ったのですが、漱石は39歳で小説を書き始め、49歳にて胃潰瘍で亡くなったそうです。ですから小説家であった期間はたった十年だった事になります。そして、十代で読み始めた漱石でしたが、年齢上では自分が“とっくに”漱石を追い越していることに気付き・・・唖然としたのでした。

夏目漱石は、趣味に水彩画や水墨画に親しんだようですが、もしマジックを趣味にしていたら、胃潰瘍にならずにもっと若々しい表情をしていたのではないかと、ふと思ったりしました。そして漱石さんが五十代となって平成の時代に生きていたら、テンヨーの 『Magic World』 をプレゼントしてあげるのが一番かな~と?!

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by ishiken55 | 2008-02-17 23:05 | 文芸 エッセイ | Trackback | Comments(0)

中板橋での「マジック愛好家の集い」より

東武東上線の中板橋駅は、24年前まで勤務先の最寄り駅の一つでしたので、出勤時は隣のときわ台駅を利用していましたが、帰りは中板橋駅近くの“鮨屋兼おでん屋”に度々職場の仲間と立ち寄ったものでした。特に二十代の中頃は、一週間に2回はそこで飲み、その後池袋や銀座に繰り出しました。今から思うとお金と体がよく続いたものだと思ってしまいます。

その思い出深い中板橋にて、昨年7月のマジックスウィッチで知り合ったみきらんさんから、「『精神的に若い?奇術愛好家の集い』を2月10日(日)に開催するので、是非参加してください」とのお誘いがあり、彼の地の懐かしさも相まって、即~参加することにしたのでした。

参加者は、みきらんさんと私を含めスウィッチでお会いした五人と、みきらんさんが他の会で知り遭われたお二人を合わせ計7人の実年世代。ここ迄の参加者は事前にお聴きしていて、私と同世代の方々の集まりと思っていたら・・・スウィッチの中心的な存在であった方と奥様、マジックサイトが人気のHさん、そしてスウィッチでは芍薬の花の様な笑顔が印象的だったKさんも参加され、合計11名による華やいだ“マジックの集い”となったのでした。

マジック談議では・・・若い頃に二代目松旭斎天勝師の“ドサ周り”(ご自身の言葉)に同行していたと言うNさんのお話、石田天海賞作品集『15人の奇術家とその作品』の筆者のお一人でもあるSさんの昭和40年代~関西マジック界のお話、国会図書館に勤めていた時に同じ職場で働いていた高木重朗氏についてのOさんのお話~などには、特に興味を覚えました。

マジック試演では・・・参加者の方々が、創作マジックやお得意のマジックを披露され、それぞれの嗜好の違いから、演じられるマジックも多種多様でとても面白かったです。
私も「カップ&ボール」や「ロープ&リング」などを少々お見せしましたが、演じられた中で一番度肝を抜かれた作品は、何と言ってもSさんの『ウエディング・マジック』を始めとするビジュアル的に美しい創作グッズを使ったマジックでした。

そして、主催者みきらんさんのマジック書籍の蔵書の豊富さには羨望の思いがしましたし、三階の秘密の部屋で見せて頂いた“ブックテスト”の本に至っては、「アマチュアマジシャンが此処までやるの?!」と思ってしまったりで~次回の再会が楽しみな集いでありました。
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by ishiken55 | 2008-02-11 19:54 | マジック ニュース | Trackback | Comments(2)

母校KMCの「第30回マジック発表会」ショーケース

c0049409_21583683.jpg30回目を迎えた母校のマジシャンズクラブ(KMC)主催の「マジック発表会」が2月2日土曜日に開催され、今年も高層住宅街に変貌する隅田川沿いの汐入の地を訪れ、若者達のマジックショーを観賞して来ました。

ショーとしては新人の頑張りが目立った様に思います。そして全体の中で好印象の演技を一つ挙げるとすれば、浅野君の「ペイント」でしょうか。ただ、顔の表情が単調だったのが少々惜しまれます。
ステージでの表情が良かったのは、「パラソル」を演じた黒澤さんでしょう。癒し系の笑顔が観る人の心を和ませてくれて、マジックは表情も大事な要素であることを実感しました。いずれにしても、30回の節目の発表会を無事迎えられ~マジックを観賞し~終演後「汐黎ホール」の入り口に居並ぶ後輩達の姿を見ることができて~冬日ながら熱くて嬉しいひと時でした。

ここで、演じられた演目をチェックしてみることに・・・
<第一部>ミリオンカード、ロープ、中華セイロ、四つ玉、ウォンド、ペイント
<第二部>ゾンビボール、リング、パラソル、シンブル、シルク&鳩、(フィナーレ)
・・・タバコやダンシングケーンが含まれていないのは善しとして、イリュージョンやおしゃべり系の演目が無いのは寂しい感じがしました。次回には是非期待したいものです。

終演後、ご来場いただいたプロマジシャンの中島弘幸氏と奥様、年配組?のOB三人、そして湘南ボーイのマジックマニア古郡君を含めた七人が集い、会場近くの海鮮居酒屋にてマジック談議の小宴を持つことが出来ました。特に、トランプマン2号としてテレビで活躍され、現在は企業研修や専門学校の講師としても活動されている中島氏のプロの立場からのお話は、とても興味深いモノがありました。
そしてレベルや経験や年齢の違いがあっても、“マジック好き”という共通点で語り合え~通じ合える~『マジック』の素晴らしさを、再認識した次第でありました。

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by ishiken55 | 2008-02-05 22:36 | マジック ニュース | Trackback | Comments(0)