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「都電めぐり」

c0049409_2032579.jpg先日の日曜日(4/20)は、出身マジッククラブのOB会(KMCファミリー)有志による“春の遠足”~「都電めぐり」に参加して来ました。京都や広島で市電に乗ったことはありますが、都内を走る“ちんちん電車”に乗るのは、東京オリンピックが開催される前ですから、多分44年振りだと思います。当時は多くの都電が都内を走っていましたが、今は 『早稲田~三ノ輪橋』 間の荒川線一路線のみ。こういう風情のある乗り物は、いつまでも残して行って欲しいものです。

*午前11時にJR大塚駅に集合し、都電に乗車。まず早稲田に向かい椿山荘へ・・
椿山荘は二十歳の時、初めてアトラクションに一人で呼ばれマジック(パン時計とリング)を演じた宴会場につき、懐かしい想いが~。今回は神田川沿いの裏門?から入り、新緑が映える美しい日本庭園を初めて散策。

*そば屋で“おろしそば”を食してから、雑司が谷の鬼子母神へ・・
鬼子母神は初めて訪れた神社。サンシャインの近くに六百年も前から生きている“イチョウの木”があるというのは、チョイと神秘的で不思議な世界です。

*次は庚申塚に向かい、とげぬき地蔵(高岩寺)へ・・
とげぬき地蔵は巣鴨駅から訪れたことはありますが、庚申塚からは初めてです。
「おばあちゃんの原宿」と言われる地蔵通りには赤い衣料品だけ売るお店があったりして、面白い雰囲気の賑わい商店街。地蔵通りを歩いて、違和感を感じないのは~若しかして??

*そろそろ疲れて来たので、王子で降りて喫茶店へ・・
幹事さんは王子稲荷に行く予定だったようですが、喫茶店で腰を下ろしたら歩く意欲が完全喪失。疲れの癒しにと、アンコと生クリームの上にアイスクリームが盛られた“甘味”を所望。

*夜の部のメンバーとの待合わせ期間が迫り、町屋で降りて北千住へ・・
昼の部4人と夜の部2人が北千住の海鮮居酒屋で合流し、世代を超えた大宴会。
最初は紳士然としていたメンバーも、最後は昔のシオジャリ状態になっておりました。
来月開催の「TAMCテーブル・サロンマジック発表会」に取り入れようと思っている一作品を披露したら、これまた~オン~ボロ~ボロ~(一ヶ月後が心配?)

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by ishiken55 | 2008-04-26 20:38 | モノローグ | Trackback | Comments(0)

散り際の美学とは?

今年は~無いと思っていた花見会も、先週無事に参加することができた。
日本人のこころには、散り際の美学が潜んでいるようである。

一昨日は、私が主役の宴席が“シャター通り”と化した商店街の鮨屋で行われた。
店の中は二十年前と変わらないけれど…街は時代と共に少しずつ変化している。

瓦斯灯下の花見会では、「クラシックカードマジック」3品と「リング&ロープ」を強行し?橙色灯の宴席では、「最新のカードマジック」を披露し、「下剋上の輪」のプレゼンツで〆。

前を見る時は、途方も無く永く疎に思えた人生も~振り返る時は、何十年も前の事が昨日の事のように身近で親しげだ。さぁ~て、これからは・・・・・
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by ishiken55 | 2008-04-20 00:15 | モノローグ | Trackback | Comments(3)

「紫煙エレジー」 から・・・タバコマジックのワンショット

仕事が終って駐車場に向かう途中、本社棟の脇でふと目に入った「掘建て小屋」
三畳程の敷地に天と側面の三方をプラスチックの波板で囲まれ、中には三つのベンチが置かれている。ここに野外用コンロを置いたら、焼きそば・たこ焼きの露天が即開店できそうである。正面には『喫煙所』の看板が取り付けられておりました。

20年ほど前、CADなどの0A機器が置かれ始めたのに併せて、室内の部分禁煙から始まり~設計室~事務室~現業部門~会議室~へと禁煙が侵攻し、事業所内の特定の場所へと追い遣られて行った喫煙所。いよいよ全ての室内から締め出されてしまったようです。

現在は非喫煙者でありながら、家のタバコ盆には、いつも数箱のタバコを置いている私としては、この“紫煙エレジー”に時の流れを感じつつ、複雑な思いでその「掘建て小屋」を眺め遣ったのでありました。そこで、タバコマジシャンへの励ましの思いを込めて、久方振りにタバコのレクチャーを掲載することに致します。

<アクトが自然な“タバコの増やし方”>
この“タバコの増やし方”は、左手拳からタバコを連続して出現させる技法の改良形です。ステージ、サロン、そしてクロースアップそれぞれで使用が可能です。ステージやサロンの時はアップライトに、クロースアップの時はややフラットなポジションで演じるようにします。
[アクトのスタート]
・左手は拳の甲を客に向け親指で押出したタバコを持っています。
・右手はシークレットにフィンガーピンチでタバコをパームしています。[写真 上]
[アクトのステップ]
①右手で左手の拳にせり出したタバコを取りに行きます。 [写真 中]
②右手の親指と人差し指で左手のタバコをつまみ上げます。 [写真 下]
(この時、右手のフィンガーピンチのタバコを左拳の中にシフトしてしまいます)
③右手に移動したタバコは、上着の右ポケットに入れます。
(この時、タバコを右手でまたフィンガーピンチでパームしてしまいます)
④左拳の中にあるタバコを左手の親指で押出して、タバコを出現させます。
(以下①~④を数回繰返す。回数は好みによりますが、3回程度が良いでしょう)

ps
*この技法の特長は、フィンガーピンチを使用することで、自然な動作でタバコの移行が行えるところにあります。但しフィンガーピンチはアップライトに保持した場合、保持が不安定になる欠点があります。演じる際は練習を十分行って下さい。

『アクトのスタートポジションに至るには、どうしたらいいの?』との声が聴こえて来ます。右拳から出現したタバコを取り(実際は左拳に戻してしまう)、それを上着の左ポケットに仕舞い込む(ポケットの中に置いたタバコをパーム)・・という方法が一例として考えられます。

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by ishiken55 | 2008-04-13 12:31 | タバコ レクチャー | Trackback | Comments(0)

再びの・・・石田天海師 『奇術五十年』

c0049409_2222039.jpg石田天海師著『奇術五十年』を読み終えて、一週間が過ぎました。しかし未だにその余韻が心に残り、なかなか沈静化しません。・・・と言うことで、再びこの本を記事として取り上げ、心のけじめを付けたいと思います。

この本を明治・大正・昭和に渡り、意志を持って日米のマジック界を駆け抜けた偉大なマジシャンの歴史ドキュメンタリーとして捉えた場合、一番感銘を受けたのは「太平洋戦争 (1941‐1945)」の章です。日本の真珠湾攻撃の時、ハワイに滞在していた天海師。その時のハワイ在住の日系人への仕打ちや米軍人の同士撃ちの悲劇には、戦争の無惨さを思わずにはおれません。しかし、戦時中は収容所暮らしか隠遁生活であったものと想像していた天海師が、米軍出征兵士へのマジックの慰問生活をされていた事を知り、マジックの如き驚きでありました。

また、この本をマジック書と捉えた場合、参考になるのは、「奇術演技研究メモ」の章でしょう。この章の小見出しの項それぞれが、現代においても、色褪せていないマジシャンへの“心得帳”であると思います。全てを転記したい思いに駆られますが、著作権の問題がありますので、「奇術の選定」の項の厳しいワンフレーズだけを紹介させて頂きます。

『アメリカの奇術界は、他人の演しものを真似てやるというようなことは許されない。・・・アメリカでは奇術を志すのに、アマチュアもプロもまったく区別がないのである。奇術は人に見せる芸である以上、見せうべき条件と内容が整っていなければ問題にならない。』

天海師は、大正13年に横浜から天洋丸に乗って渡米してから、昭和33年にプレジデント・クリーブランド号に乗って帰国するまでに、戦前に三回、戦後に一回、一時帰国をされています。そしてその間にマジックの公演をしておりますが、同時に創立して間も無いTAMCの多くのメンバーと交流し、ミリオンカードやタバコのマジックの指導をされています。
阿部徳蔵氏、田中仙樵氏、緒方知三郎氏、徳川義親氏、坂本種芳氏、
福士政一氏、柳沢よしたね氏、秦豊吉氏、安部元章氏、等々・・・

この本の中には、初代から第5代の会長を含む18名のTAMC会員が登場します。
その最末端会員の私、マジックのレベルは天海師の足元にも及びませんが、この本に書かれた天海師の意思を尊重しつつ、これからもマジックに親しんで行こうと思っています。

ps
書き忘れました。この本にはハーラン・ターベル、ダイ・バーノン、カール・フレミング等のアメリカで親交のあった著名マジシャンも登場します。この本を大手出版社から文庫や新書の廉価版で復刻して貰えたならば~今のマジック界に有益な書となるものと確信します。
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by ishiken55 | 2008-04-06 22:11 | マジック エッセイ | Trackback | Comments(0)