この世を去ったマジックの後輩を偲んで

下記は三日前SNSに寄稿した文章、青春を共有した三つ若い友を偲び転記します。

今日来た喪中はがきを見て驚愕。学生時代のマジックの後輩である出野君(敢えて実名に)が、今年の3月に亡くなられたそうだ。ちっぽけ奇術部に自分が固執しなかったら、クラブが成り立たなかったのも確かと思うが、三年後輩の彼が私の網に罹らなかったら…私の卒業と共にその姿は消えていた筈だ。そして、二年後には、部室に部員が入り切れなくなり、当時クラブの活動を二部制にするまでに拡大したのは、紛れもなく彼の功績なのだ。

その彼も、生真面目な性格故に、数年間隔で「奇術は人を欺く要素を含んでいるので、この道から離れたい~」と発言。自分にはそれを説得出来る老獪さ?はなく、中途半端な思いを吐露するだけであった。そんな男だが、卒業した翌月の奇術部の第1回学外発表会(墨田区民会館ホール)を立案し、同様の発表会では30才迄私と同じ3回の出演を果たし、仕事先の日本光学(現ニコン)では同好会を作り、仲間とカード奇術を中心に活動した。

彼は今から17年程前に血液の疾患が発症。閑職に移った後、50才頃に早期退職をした。今から20年程前の母校奇術部の創部30周年パーティー(パレスホテル)で会って以降、1年又は2年に一度は電話をしていたが、10年前の40周年パーティーは出られず、結局電話だけで会うことが無かった。先程奥さまに電話をしたら、2年前から十二指腸や肺のがんを併発し逝ったとのこと。「いしけんさんは幸せな人生を送っているのだろうなぁ~」と、いつも二人で話していたそうだ。

大分前の記事に「逢うべき人には殆ど逢った!」と書いたのは間違いであった。考えてみれば、逢いたいと思いつつ、逢わずにいた男がいたのだ。悔んだり、申し訳ない~と思っても、それは後の祭。今日、ある所で信州のリンゴを二つ頂戴した。見たことはあっても食べたことが無かった見事なリンゴ。これを彼の供養に、齧りつこう。彼が最上級生の時に演じた迫力の「中華蒸籠」や第二回発表会での後の奥さまのヨーコさんと共演をした「メリケンハット」を思い出しながら・・。

一年生の教室で私が掛けた一言で、マジックの探求と悩みの時を繰り返しつつ、
三十代半ばでマジックの階段を下りてしまった事を、今も残念に思っています。


c0049409_14594155.jpgc0049409_1522397.jpg


[PR]
# by ishiken55 | 2016-11-24 15:04 | モノローグ | Trackback | Comments(0)

Vol.110のMOMを観賞!

先週の金曜日(11/4)は、南大塚ホールへ日本奇術協会主催の110回MOM(Magic of MAGIC)を観に行きました。今回はTSUKASAさんのプロデュース公演であり、中島弘幸さんが出演されると聴き、2年振りのMOM鑑賞でした。昨年末の腎臓の手術以降、東京へは週一回以下になるように抑えており、その範囲でのマジック鑑賞の中で、今回は特別に楽しめたマジックショーでありました。

五組の演者がバイオリンやピアノの生演奏の中で演じるマジックは~躍動感があり、またゆったりとした気持ちにもなり、それぞれの演者が何を演じたのかが後になって思い出せないほどに酔いしれたひと時でした。TSUKASAさんは紐を使ったような~? SoLaのあすかさんてカワイイな~? 花島皆子さん色っぽいな~? TOMOKOさんのアヒルくん舞台度胸がイイな~?…位しか思い出せません。

大トリの中島弘幸さんのイントロのピアノの曲が流れて来た時、戦慄が走りました。自分の出番が蘇って来たからでした。それは五日前にTAMCの発表会で自分が使ったBGMと同じ曲だったのです。百曲程の中から選んだ曲でしたが、自分のようなCDではなく、生ピアノは数倍の芳醇が漂っておりました。その後の中島さんの演技、横縞と縦縞があったような~? 何れにしろ、今回のMOMのコンセプトの斬新さと人選の素晴らしさに~TSUKASAさんへ大拍手をお送りします。

今回の演者の演技で一つ取り上げるとすれば、SoLaの日向大祐さんのトランプを使ったマジックです。彼とは8年前に若い知人の結婚披露宴でお会いし、名刺の交換をして以来でした。相変わらずスリムな体系で、実験的な演技をされていたので、記憶に残りました。スクリーンを使っておりましたが、それはそれで良いと思いましたが…トランプをノーマルサイズではなくシャンボカードを使うのも一考かと思いました。今後演じる場所に即した演出の発展を期待しています。

※ 右の写真は大塚駅前の都電の軌道です。カーブの先に楽しみが潜んでいそう~。

c0049409_172147.jpgc0049409_1775495.jpg


[PR]
# by ishiken55 | 2016-11-11 17:10 | マジック ニュース | Trackback | Comments(0)

「第71回TAMCマジック発表会」のステージ姿は・・・

日曜は、ニッショーホールで「第71回TAMCマジック発表会」
当日プログラムを見て知った副題ハ~不思議な楽しい世界へ~

今年は、TAMCの発表会では初体験のトークマジックであり、
『バッカスの夢』と題しウイスキーボトルのマジックでした。

後半で、何かおかしい?と思い…余分な言葉を発してしまう。
反省をしても<後の祭>につき、これを次の経験に生かそう!

2016.10.30のステージ姿をアップしようかと、一瞬考えるも、
訪問者が失望されてはいけないと~得意技マジシャンズカット

c0049409_1623579.jpgc0049409_16253181.jpg
c0049409_16265677.jpg
[PR]
# by ishiken55 | 2016-11-02 16:30 | マジック ニュース | Trackback | Comments(0)

母校の文化祭を訪れて考えたこと。

土曜日(10/22)は、母校の文化祭に行き、サロンマジックを見て来ました。開場が13時との事なので、南千住駅に12時少し前に到着。昼食を摂ろうと駅前のラーメン屋に入り、湯麵を注文し終わると、向かいの席にちょび髭を生やした爺さんが鎮座。山谷住まいのお方と思いきや…同級生で親友の一人O君でした。待合わせをした訳ではなく、彼は卒業後47年振りに母校にやって来たとの事で~驚きました。

理由を聞いたら、今春テレビ東京「出没!アド街ック天国」の南千住を取上げた番組で、城戸真亜子さんが「南千住と云えば、航空高専でしょう!」と発言したそうで、南千住を懐かしく思い、直後に訪れたそうです。その時は母校に入る勇気?がなかったので、この日の文化祭にやって来たそうです。ただ、母校と云っても自分達が通った場所とは違い、校名も異なり、当時の学科は一つも無いのですけどね。

そんな訳で、思い掛けなくも、ちょび髭のO君と連れ立って母校に入り、当方は奇術部の合同講義室での40分程のサロンマジックを鑑賞しました。その後1時間のステージショーがホールで行われるとのことでしたが、マジックは既に満腹状態につき、クラブの部長に当方の10月30日の発表会のチケットを数枚押付け、奇術部KMCの発表会が来年2月4日(土)の予定である事を聞いて、母校を後にしました。

午後4時前、駅前でO君との懇談の場所を探すと、雑居ビルの2階にお酒も肴もオール三百円の居酒屋がやっていて~入店。O君は電気大手のS社に入り、当初は東京勤務につき、30才位迄は新宿や池袋で飲んだり、ゴルフや釣りに行ったりする仲でした。その後彼は米国-仙台-鹿児島と職場が変わり、50代半ばで早期退職に応募。直後に25年振りに東京で再会、今回がその後三度目となる懇親のひと時でした。

O君の他、大企業にいた同級生二人が50代で早期退職。退職金の割増しや、企業年金の付与があるのでしょうが、こう云う道って何か変。本人にも国にも良い事ではないように思えてなりません。私のように中小企業勤めの場合、早期退職では老後の保障は××。定年後2年の手品生活を経て、二社6年の顧問勤め。今は家人から「シルバーでもいいので働きなさい!」と云われています。老後の幸せって…??

母校の文化祭は同級生に偶然逢った話が中心になり、マジックについての話が疎かになり失礼しました。サロンマジックで観た後輩達の演技は以下でした。
*シルク&フラワー *ロープ *シンブル *ウォンド *ペイント
どれもそれなりに演じていて、外れはなくも…それぞれミスと云える演技箇所もあったものの、最初の「シルク&フラワー」と最後の「ペイント」に見所がありました。思えば50才離れた部員達のマジックの演技を観られるのは、やはりOB冥利と云えましょう。そして、司会をしていた自分の孫のような女子部員を見ていると…古希が迫った身ながら、奇術部を見続けて来た幸せ感がヒシヒシと~016.gif

c0049409_17122274.jpgc0049409_17193826.jpg
c0049409_17202983.jpg

[PR]
# by ishiken55 | 2016-10-25 17:27 | マジック ニュース | Trackback | Comments(0)

多湖先生の遺品と別荘に触れて

今年三月…著書『頭の体操』で知られた多湖輝先生が逝去されました。先生が残されたマジック関係の物品について、奥様からTAMC(多湖先生が第16代会長を務められたマジッククラブ)で有効に使って欲しいとのお申し出があったそうです。その中の書籍関係を私(いしけん)の方で管理するように幹事長より要請があり、先月中旬に拙宅に届きました。マジック関係だけとは云え、多湖先生が所有されておられた本や雑誌につき、置く場所をどうしようかと思案していましたが、二つのダンボールに入っていたのは80冊程、思いのほか少な目でした。

考えるに…多湖先生は断捨離の思いから、マジック関連の本は、若い人に進呈したりして、少なくされておられたのではないか~と推測しています。三百冊を超えるマジック書がある自分も、これからは増やすよりも減らすことを考えねばと、一瞬(だけ?)思った次第です。書籍の中には、現在では入手が困難な本や、自分が以前から興味を持っていた未読の本などが含まれていますが、大半は私も所有する本ではあります。現在、これからの本を「多湖文庫」として会員の方に貸出が出来るよう、一日に2,3冊ずつ…本の整理とリスト作りに励んでいます。

先月9/17,18は…マジッククラブの会長さんの軽井沢山荘でのマジック合宿に参加しました。メンバーは八名、クラブ内の活動ではなく有志の集まりです。お二人のKさんが幹事役となり、きめ細かな行程や時間割設定に感謝すると共に、山荘の主の会長さんには限りなくお世話になり、感謝の大袋でありました。プライベートな合宿につき、参加したメンバーの名や顔は控えることにしますが、久しぶりの軽井沢でしたので、自分の備忘録として、訪れた場所の写真を掲載します。

マジッククラブには…軽井沢に別荘を持たれている方が四人おられ、その一人が三月に逝去された多湖先生でした。二つの別荘を所有されておられたそうで、大きい方の別荘は既に売却され、小さい方は今販売に出されているとの事で、建屋の外観とお庭を拝見しました。324坪の土地に28坪の平家と離れ、価格は〇千〇百万円。お買い得な価格ながら、自分には手も足も二枚舌も出ません。パンフレットを頂戴しましたので、多湖先生を偲んだ軽井沢合宿の記念品にしようと思います。

<中軽井沢山荘のマジック合宿中に立ち寄った主な箇所>
中国料理の「四川亭」;酸辣湯麵+餃子=辛さは超抜群。
・千ヶ滝(西区)「輝楽庵」の見学;多湖先生の第二山荘。
星野温泉「トンボの湯」;腎臓手術後初の温泉に浸かる。
・焼き肉「ろぐ亭」;多湖先生御用達の店だったそうです。
そば処「ひょうろく」;このお店にも多湖先生のお写真。

c0049409_1661388.jpgc0049409_16105452.jpgc0049409_16133440.jpg
c0049409_16171298.jpgc0049409_1619581.jpgc0049409_16261281.jpg
[PR]
# by ishiken55 | 2016-10-05 16:27 | マジック エッセイ | Trackback | Comments(0)

東京大学奇術愛好会の「ステージマジックショー」…三つの???

先週の土曜日(9/24)は、練馬文化会館小ホールで開催の『とっておきの…』と題された東京大学奇術愛好会の「ステージマジックショー」を観て来ました。日本橋公会堂で開催された昨年は、残り数席で辛うじて最後尾の座席を確保する状況でしたので、今年は整理券配布の1時間前に会場に到着すると、待ち人は思いのほか少なく、十名足らずでした。その最前列に見覚えのある三人組のお姉さま~港マジック同好会の方々でした。マジック活動のことや、港の会長さんのことなど…暫しお話しをさせて頂き、持て余す時間を有効に?消化することが出来ました。

実は…この催しに行こうか止めようか、昼頃まで迷っておりました。同日は所属クラブの発表会の練習日につき-リハーサル前に広い場所で感触を確かめておきたい思いと、生憎の雨降りで-お出掛けが鬱陶しい思いと、前々日のテンヨー大会が抽選で外れたので-東大だけでも見ておきたいとの思いと~が入り混じっていました。そんな中で練馬文化会館に足を向かわせたのは、会場の 練馬 が自分の育った地であったので、目に見えぬ引力が働いたのかも知れません。

テンヨー大会の直後のためか、会場には中高年のマジック愛好家の姿が少なく、また東大の発表会としては珍しく、後方に空席が見られました。演技の中身は、学生界のトップを競う会であるだけに、今年も印象に残る演技が幾つかありました。
前半: るーさん「Jump UP」  後半: あやっぺさん「Midnight Circus」

プログラムやアンケート用紙を見ても演者の特定が出来ず、隣に座られていた向田邦子さんの若い頃を思わせるご婦人(多分OGさん)に、「シャボン玉のボールを演じたのは、どの人だったでしょうか?」とお尋ねしたら、「皆さん、演技は頑張っているのですけど…確かにアンケート用紙を見ても、演目が全く分かりませんねぇ。多分この人だと思いますが~?」と教えて頂きました。会場を見回すと、黒いスポーツ帽を被った1名を除き、観客全員が東大の現役生かOB,OGさんに見えて来ました。

この事を含め今回の東大マジック発表会で感じた三つのを記しておきます。

1の;プログラムの何処にも、開催場所や開催日が書かれていなかった事。
   (出演者の方が、20年後にこのプログラムを見て~?と思うかも-)

2の;プログラム はさて置き、アンケート用紙にも演目の記載がなかった事。
   (これでは、お客さんはアンケート用紙への記入が出来ないですょ-)

3の;クリスマスは三ヶ月先なのに、MCさんが「サンタとトナカイ」だった事。
   (東大の発表会の幕間は毎回感心していますが、今回は先取り過ぎ-)

c0049409_2155611.jpgc0049409_21592430.jpg
c0049409_2204942.jpg

[PR]
# by ishiken55 | 2016-09-27 22:03 | マジック ニュース | Trackback | Comments(0)

『阿部徳蔵氏の業績研究』のCDが完成

一昨日(9/10)は、所属マジッククラブ(TAMC)の土曜研修会に参加しました。7月の研修会の折と同施設…港区立男女平等参画センター『リーブラ』で行われましたが、今回の部屋は洋間ではなく珍しく和室でした。午後の一時半から三時間、二十数名のオジサン達が、トランプの工作やカードマジックの講座を畳の上で学習しました。その場で撮った写真を見ると、皆さん真剣?な表情です。自分はと云うと、畳に座りなれていないので、終わった後に立ち上がると、二年半前にドアを蹴って痛めた膝が痛み、二ヶ月近く杖を突いて歩いて頃を思い出してしまいました。

幹事長に作成をお願いしていた『阿部徳蔵氏の業績研究』のCDを当日持参頂いたので、参加された方に配布しました。この資料は研究委員会が編集したもので、その責任者は私です。盤面に氏名が記されていますが、ここでは12年間ハンドル名につき※※にしました。会員への配布が最優先ですが、若干多めに作成しましたので、外部の奇術研究家に頒布をしようと考えています。内容は、阿部徳蔵氏の生涯に渡るマジック活動、没後に友人・知人の方々が書いた阿部氏を偲ぶ記事、そして最近発掘された阿部氏の遺品などの開示を含みます。(紙面はA4サイズ全157ページ)

《阿部徳蔵氏》~実は手品の如く不思議に満ちた人物なのです。
・明治22年出生、昭和19年に逝去 (かの石田天海師とは同年の生れ)
・東京アマチュア マジシャンズ クラブ(TAMC)の第2代会長を歴任
・若い時からマジックに興味を抱き、幅広い分野のマジックに取り組む
(特に、日本においてはクロースアップマジックの先駆者との位置付け)
・奇術がお好きだった昭和天皇に、三度に渡り名指しで招かれてご披露
・谷崎潤一郎、佐藤春夫、芥川龍之介らの作家達とも交友していた模様
(詩人萩原朔太郎は同時代の会員ですが、二人が交わった明しは未知~)
c0049409_17434134.jpg

c0049409_17513111.jpgc0049409_17534359.jpg
[PR]
# by ishiken55 | 2016-09-12 17:54 | マジック ニュース | Trackback | Comments(0)

東京マジック主催の「渚晴彦レクチャー」に初参加

先日の土曜日(9/3)は、東京メトロ東西線の東陽町で下車し、江東区文化センターの研修室で開催の「渚晴彦レクチャー」に参加しました。このようなプロマジシャンによるレクチャーには殆ど足を踏み入れない自分ですが、今回は知人のTさんから案内があり、メインは「鳩出し」と「カードマニュプレーション」との事で、後の方の中のファンカードは自分のレパートリーにつき、参考になる話が聴けるかも知れないと思い、参加することにしました。

今回、レクチャーを拝見して、渚晴彦さんを一言で表現すると~マジメな方だなぁ~というのが、一番の感想です。十代でプロマジシャンとしてデビューをされ、その後半世紀以上に渡り活躍されて来られた方ですが、デビュー当時からの演技スタイルを貫いているのは、(良し悪しは別として)マジメさの明かしと思いました。現在は日本奇術協会の会長として、プロ奇術師のトップとしての自責を持たれて活動されているのも、言動の端々から感じました。

私自身は、渚さんとは直接の交わりを持つことなく今に至っています。ただ…40年程前の東京在住時、自分が下車するバス停の二つ先のバス停前に「渚晴彦○○○」と書かれたプレートが掛かった建屋が目に入りました。その少し後、家から二百メートル程のボーリング場の中に「マジックショップ」がオープンし、そのオーナーが渚晴彦さんであることが分かりました。そのお店に度々足を運びましたが、渚晴彦氏を拝顔したのは一度だけだったでしょうか。

今回レクチャーに参加した主な収穫は下記の二点。その他の話として…「鳩出し」は『ヨーロッパの夜』のチャニングポロックの演技を分析して習得し、渚さんなりの改良を加えられたそうです。私は、あの映画の中のもう一人の手品師のオジサンが演じた「ボール」の演技が、今の自分の「四つ玉」に辿り着く原点になっています。
主催者の星野徹義さん(トランプマン)に、昨年のTAMCの発表会の後に声を掛けて頂いたお礼と、私のファンカード゙の演技について「良かったけど~別の新しい技があるのだけどねぇ~!」と云われた“新しい技”をお聴きしようとしたら、巧みにかわされました。
<収穫1>
一工程でダブルファンを作るやり方は、Tさんから教えて貰ってはいたものの、本家の渚さんに、その技に辿り着く経緯をお聴きし、その《超絶凄ワザ!》を納得。これをベースにした更なるトリプルファンは、とても手が出ぬ。夏の蚊帳。
<収穫2>
正面向きで大きく見せる正ファン/大きく開く片手正ファン/ のやり方をお教え頂きました。この技は、11年前にいしけんが開示した 見栄えのする「片手・正ファン」とは、共通点があるももの、同じではないことが認識出来。夏の打ち水。

c0049409_10225613.jpgc0049409_1024356.jpg
[PR]
# by ishiken55 | 2016-09-06 10:26 | マジック ニュース | Trackback | Comments(0)

マジック活動での「人生訓」

先週の金曜日、地元「カードマジッククラブ」の月一の例会に参加しました。東京のマジッククラブの前週の研修会と前日の例会に参加出来なかったので、久方ぶりのマジック活動でした。仲間は十人に満たない人数で、講師の私が事情により2年2ヶ月もエスケープしていたにも関わらず、足掛け8年も続いているのは、正に奇跡としか思えないクラブです。(多分)…全員私よりも年長ですが、皆さん発足当時と変わらない姿に、マジックが少しは役に立っているのかなぁ~と思っています。

今回は、年二回行われている「食事会をしますよ~」と事前に言われていました。行きは散歩がてら生涯学習センター迄歩いて行きましたが、食事会の和風レストランへは、女性会員さんの車に乗せて貰いました。このクラブは現在会長を置かず一年毎の持ち回りの幹事さんが事務方をされています。その幹事さんが食事を摂り始まる前に、全員に「人生訓」のような書面を配ってくれました。30~40年前に何処かで入手したものだそうですが、自分に取って現実味のある文面でありました。

上文で(多分)…と書きましたが、メンバー間の個人情報は、名前・住所・電話のみだからです。(多分)…趣味のクラブやサークルは同じなのだと思います。それに比し、東京のマジッククラブは入会時に、生年月日・出身校・職業(社名や役職)・マジック歴・信条などの情報を提示しています。これは八十数年の歴史の中で継続されて来たからこそ、出来ていることなのでしょう。自分としては、これは良い慣習と考えています。趣味の集まりとは云え、ある程度の個人詳報の開示は、その後の活動に、程良い信頼感が確保されると思っていますので…017.gif 045.gif

地元のマジッククラブの方が配った「人生訓」は合計5枚でした。
その中で、マジック活動に関係しそうな二点を掲示しておきます。
どうやらこれは、山口県の瑠璃光寺で配布された文面のようです。
c0049409_15394619.jpg
c0049409_154183.jpg

[PR]
# by ishiken55 | 2016-08-22 15:44 | マジック エッセイ | Trackback | Comments(0)

「奇術研究51号」で一夜のビバーク

8月5日に開会式が行われリオ・オリンピックが開催しました。8月21日の閉会式までの17日間、テレビで色々な競技が楽しめそうですが、生放送は時差の関係で早朝からのようで、此方が時差ボケにならぬよう注意が必要です。

そんな中…相変わらず昔のマジックの季刊誌「奇術研究」の高木重朗氏の記事を探す毎日です。一昨日は51号でした。この号の発行は昭和43年10月1日。当時は二十歳の学生で、お金が無い中で購入していた雑誌でした。【明治100年記念 臨時増大号】と題され95ページ/定価600円。当時普通の雑誌よりも一桁近く高価であったのに、それに輪を掛け、前号の48ページ/定価400円の1.5倍の値段に、怒りを覚えた記憶が今も残っています。そして、「今更明治を振り返ってどうするのだ!」との思いも~。それでも、購入したこの雑誌を一通り読んだ(眺めた?)のは間違いないでしょう。それから48年後の今、この51号の価値が如何に大きいものかを感じています。一年前から昨日に掛けて、価値を感じた記事とは・・・

*徳蔵研究で使った坂本種芳の記事;『阿部徳蔵とその遺作兵助先生』
 この中に前年に訪問の谷崎潤一郎「三つの場合」も書かれていて~。
*緒方知三郎と式場隆三郎の対談記事;『奇術 今昔 よもやまばなし』
 十年前の「医学芸術」からの転記で今年前半のTAMC会報にも転載。
*明治百年記念特集・明治時代の奇術展望文;秦豊吉著『明治奇術史』
 今年の5月に入手した古書の全編が、ここに掲載されていたとは~!

昭和43年10月1日、その頃ボランティアサークルのリーダーが、よく口にした女性の名は、頻度の順番にTさん、Mさん、Kさんでした。Tさんは健康的で思いやりのあるお嬢さんタイプ、Mさんは大原麗子さん似の憂いのある女優タイプ、Kさんは聡明で控えめな秘書タイプでした。3人とも、程なくして会を去りましたが、真ん中のKさんとは映画を見たりデートをしたこともありました。1年3ヶ月後に、信州のある地で、ある人との出逢いがありました。それが自分にとって一生を運命付けることになるとは、まだ予想すらしていない二十歳の青春の時でした。
c0049409_9311777.jpg
c0049409_9442945.jpg

[PR]
# by ishiken55 | 2016-08-08 09:45 | マジック エッセイ | Trackback | Comments(0)

『奇術研究38号』にて小休止

この二ヶ月ほど、昭和31年から23年間続いた季刊誌「奇術研究」の1号から順番に、高木重朗氏の寄稿を調査しています。野暮用が無い日に1冊か2冊のペースにつき、現在44号です。折角、古(いにしえ)の書「奇術研究」を繙くので、高木さんの記事だけではなく、全体に目を通しているため、遅々として進まないのは当然と云えます。高木さんの寄稿は、1号から40号までは一冊も途切れることが無く、また30号までは一冊に2つも3つも掲載されていました。そして38号は色々な意味で自分との関係深いので、暫し立ち止まって小休止。

「奇術研究38号」の発行は昭和40年(1965年)10月1日。自分の奇術(マジック)との出会いは前年の師走でしたが、実際にマジック活動に没頭するようになったのは、昭和40年10月の初旬からでした。何故かと云えば、10月末に母校で初めての文化祭が催され、そこでマジックを演じることになったからです。8号の表紙は「コーンとボール」、冊子の特集も高木さん解説の「新・コーンとボール」です。「コーンとボール」は自分が30才頃までは学生の発表会の定番演目でしたが、その後消えてしまい…残念に思っています。

また、38号には氣賀康夫さんの「欧米奇術界 見聞記」の三回目が掲載されているので、読み返しました。第一章がスライディニ、第二章がダイ バーノンです。スライディニの素晴らしさは常々氣賀さんが云われていて、その原点がここに書かれた体験なのでしょう。バーノンは氣賀さんの~ある質問に「いや、私は奇術を考え出しません。…(中略)…ただ古くからあるものを改良して、自分の手を作ったにすぎないのです。複雑さを取り除いて、手順を簡素化して、寄り道のない要領を得たものにしただけです」と。当時の米国奇術界の巨人との対面は、二十代の青年であった氣賀さんにとり、大きな収穫であったと推測します。

c0049409_9205456.jpgただ、氣賀康夫さんのマジック作品の考え方は、上文に転記したバーノンの言とは、前半は同じですが、後半が異なると感じています。その部分を勝手に書かせて頂ければ、「不自然さを取り除いて、手順に合理性を持たせ、且つ単調な繰り返しを排除しただけです」となるのではないかと思います。秋の所属クラブの発表会の演目を氣賀さんに提供して頂き、そのプレッシャーが地元で元気に育っている瓢箪の如くに肥大し続けています。 

c0049409_9374460.jpgc0049409_9354362.jpgc0049409_9332291.jpg
[PR]
# by ishiken55 | 2016-07-30 09:41 | マジック エッセイ | Trackback | Comments(0)

最新の「ハーフダラー六枚」に再生を託す思いとは……

結婚40年を記念して、奥様とご一緒に一ヶ月間アメリカ旅行をされて来られた東京のマッジククラブの仲間Tさんから、2016年製のハーフダラーを六枚お譲り頂いた。正確に云えば…一枚はお土産として頂戴し、後の五枚は格安で譲って頂いた。それにしても、「奥様と一ヶ月の海外旅行なんて…羨ましい~!」と思わぬこともないが、人は夫々好みの生活スタイル~大げさに言えば人生嗜好があり、その枠の中で如何に幸福感を感じられるかだと思っている。…などと書きつつ、やはり羨望の思いが文面に滲み出てしまっているのは否めない?かも~。

ハーフダラーは米国の50¢硬貨であり、ジョン・F・ケネディが表の肖像であることから、ケネディコインなどとも呼ばれている。現在は記念硬貨として特定の場所のみで販売されているそうで、2016年製の新品は美しいし、ケネディさんも輝きを放っていて…より凛々しく見える。また、ハーフダラーは日本のマジシャンに於いても、コインマジックに使用する定番のコインであり、銀が使われた年代の硬貨は高価な値となっているが、最新年の品も50¢硬貨でありながら日本の一番大きい硬貨と同額にてマジックショップ等で販売されている。

2016年のハーフダラー六枚を手にし、コインマジックに関しては、振り返ると十年以上殆ど進歩が無い我。コインマジックは、四十代の後半でマジックの再生を図るべく一念発起した時、カードやスライハンド系の演目とは異なり、再生する元テクが無く、一から勉強を始めた。そして約十年掛けて自分のコインマジックのレパートリーを記載した「コインマジックリスト」と実演時のメモ「コインマジックルーティン」を作成した。その最終更新日は 2004.09.30 と 2005.09.18 。この新硬貨にコインマジックとの疎遠解消を託してみたい思いが~!
c0049409_10511768.jpg

c0049409_1112097.jpgc0049409_1104911.jpg
[PR]
# by ishiken55 | 2016-07-22 11:03 | マジック グッズ | Trackback | Comments(0)