『阿部徳蔵氏の業績研究』のCDが完成

一昨日(9/10)は、所属マジッククラブ(TAMC)の土曜研修会に参加しました。7月の研修会の折と同施設…港区立男女平等参画センター『リーブラ』で行われましたが、今回の部屋は洋間ではなく珍しく和室でした。午後の一時半から三時間、二十数名のオジサン達が、トランプの工作やカードマジックの講座を畳の上で学習しました。その場で撮った写真を見ると、皆さん真剣?な表情です。自分はと云うと、畳に座りなれていないので、終わった後に立ち上がると、二年半前にドアを蹴って痛めた膝が痛み、二ヶ月近く杖を突いて歩いて頃を思い出してしまいました。

幹事長に作成をお願いしていた『阿部徳蔵氏の業績研究』のCDを当日持参頂いたので、参加された方に配布しました。この資料は研究委員会が編集したもので、その責任者は私です。盤面に氏名が記されていますが、ここでは12年間ハンドル名につき※※にしました。会員への配布が最優先ですが、若干多めに作成しましたので、外部の奇術研究家に頒布をしようと考えています。内容は、阿部徳蔵氏の生涯に渡るマジック活動、没後に友人・知人の方々が書いた阿部氏を偲ぶ記事、そして最近発掘された阿部氏の遺品などの開示を含みます。(紙面はA4サイズ全157ページ)

《阿部徳蔵氏》~実は手品の如く不思議に満ちた人物なのです。
・明治22年出生、昭和19年に逝去 (かの石田天海師とは同年の生れ)
・東京アマチュア マジシャンズ クラブ(TAMC)の第2代会長を歴任
・若い時からマジックに興味を抱き、幅広い分野のマジックに取り組む
(特に、日本においてはクロースアップマジックの先駆者との位置付け)
・奇術がお好きだった昭和天皇に、三度に渡り名指しで招かれてご披露
・谷崎潤一郎、佐藤春夫、芥川龍之介らの作家達とも交友していた模様
(詩人萩原朔太郎は同時代の会員ですが、二人が交わった明しは未知~)
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# by ishiken55 | 2016-09-12 17:54 | マジック ニュース | Comments(0)

東京マジック主催の「渚晴彦レクチャー」に初参加

先日の土曜日(9/3)は、東京メトロ東西線の東陽町で下車し、江東区文化センターの研修室で開催の「渚晴彦レクチャー」に参加しました。このようなプロマジシャンによるレクチャーには殆ど足を踏み入れない自分ですが、今回は知人のTさんから案内があり、メインは「鳩出し」と「カードマニュプレーション」との事で、後の方の中のファンカードは自分のレパートリーにつき、参考になる話が聴けるかも知れないと思い、参加することにしました。

今回、レクチャーを拝見して、渚晴彦さんを一言で表現すると~マジメな方だなぁ~というのが、一番の感想です。十代でプロマジシャンとしてデビューをされ、その後半世紀以上に渡り活躍されて来られた方ですが、デビュー当時からの演技スタイルを貫いているのは、(良し悪しは別として)マジメさの明かしと思いました。現在は日本奇術協会の会長として、プロ奇術師のトップとしての自責を持たれて活動されているのも、言動の端々から感じました。

私自身は、渚さんとは直接の交わりを持つことなく今に至っています。ただ…40年程前の東京在住時、自分が下車するバス停の二つ先のバス停前に「渚晴彦○○○」と書かれたプレートが掛かった建屋が目に入りました。その少し後、家から二百メートル程のボーリング場の中に「マジックショップ」がオープンし、そのオーナーが渚晴彦さんであることが分かりました。そのお店に度々足を運びましたが、渚晴彦氏を拝顔したのは一度だけだったでしょうか。

今回レクチャーに参加した主な収穫は下記の二点。その他の話として…「鳩出し」は『ヨーロッパの夜』のチャニングポロックの演技を分析して習得し、渚さんなりの改良を加えられたそうです。私は、あの映画の中のもう一人の手品師のオジサンが演じた「ボール」の演技が、今の自分の「四つ玉」に辿り着く原点になっています。
主催者の星野徹義さん(トランプマン)に、昨年のTAMCの発表会の後に声を掛けて頂いたお礼と、私のファンカード゙の演技について「良かったけど~別の新しい技があるのだけどねぇ~!」と云われた“新しい技”をお聴きしようとしたら、巧みにかわされました。
<収穫1>
一工程でダブルファンを作るやり方は、Tさんから教えて貰ってはいたものの、本家の渚さんに、その技に辿り着く経緯をお聴きし、その《超絶凄ワザ!》を納得。これをベースにした更なるトリプルファンは、とても手が出ぬ。夏の蚊帳。
<収穫2>
正面向きで大きく見せる正ファン/大きく開く片手正ファン/ のやり方をお教え頂きました。この技は、11年前にいしけんが開示した 見栄えのする「片手・正ファン」とは、共通点があるももの、同じではないことが認識出来。夏の打ち水。

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# by ishiken55 | 2016-09-06 10:26 | マジック ニュース | Comments(0)

マジック活動での「人生訓」

先週の金曜日、地元「カードマジッククラブ」の月一の例会に参加しました。東京のマジッククラブの前週の研修会と前日の例会に参加出来なかったので、久方ぶりのマジック活動でした。仲間は十人に満たない人数で、講師の私が事情により2年2ヶ月もエスケープしていたにも関わらず、足掛け8年も続いているのは、正に奇跡としか思えないクラブです。(多分)…全員私よりも年長ですが、皆さん発足当時と変わらない姿に、マジックが少しは役に立っているのかなぁ~と思っています。

今回は、年二回行われている「食事会をしますよ~」と事前に言われていました。行きは散歩がてら生涯学習センター迄歩いて行きましたが、食事会の和風レストランへは、女性会員さんの車に乗せて貰いました。このクラブは現在会長を置かず一年毎の持ち回りの幹事さんが事務方をされています。その幹事さんが食事を摂り始まる前に、全員に「人生訓」のような書面を配ってくれました。30~40年前に何処かで入手したものだそうですが、自分に取って現実味のある文面でありました。

上文で(多分)…と書きましたが、メンバー間の個人情報は、名前・住所・電話のみだからです。(多分)…趣味のクラブやサークルは同じなのだと思います。それに比し、東京のマジッククラブは入会時に、生年月日・出身校・職業(社名や役職)・マジック歴・信条などの情報を提示しています。これは八十数年の歴史の中で継続されて来たからこそ、出来ていることなのでしょう。自分としては、これは良い慣習と考えています。趣味の集まりとは云え、ある程度の個人詳報の開示は、その後の活動に、程良い信頼感が確保されると思っていますので…017.gif 045.gif

地元のマジッククラブの方が配った「人生訓」は合計5枚でした。
その中で、マジック活動に関係しそうな二点を掲示しておきます。
どうやらこれは、山口県の瑠璃光寺で配布された文面のようです。
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# by ishiken55 | 2016-08-22 15:44 | マジック エッセイ | Comments(0)

「奇術研究51号」で一夜のビバーク

8月5日に開会式が行われリオ・オリンピックが開催しました。8月21日の閉会式までの17日間、テレビで色々な競技が楽しめそうですが、生放送は時差の関係で早朝からのようで、此方が時差ボケにならぬよう注意が必要です。

そんな中…相変わらず昔のマジックの季刊誌「奇術研究」の高木重朗氏の記事を探す毎日です。一昨日は51号でした。この号の発行は昭和43年10月1日。当時は二十歳の学生で、お金が無い中で購入していた雑誌でした。【明治100年記念 臨時増大号】と題され95ページ/定価600円。当時普通の雑誌よりも一桁近く高価であったのに、それに輪を掛け、前号の48ページ/定価400円の1.5倍の値段に、怒りを覚えた記憶が今も残っています。そして、「今更明治を振り返ってどうするのだ!」との思いも~。それでも、購入したこの雑誌を一通り読んだ(眺めた?)のは間違いないでしょう。それから48年後の今、この51号の価値が如何に大きいものかを感じています。一年前から昨日に掛けて、価値を感じた記事とは・・・

*徳蔵研究で使った坂本種芳の記事;『阿部徳蔵とその遺作兵助先生』
 この中に前年に訪問の谷崎潤一郎「三つの場合」も書かれていて~。
*緒方知三郎と式場隆三郎の対談記事;『奇術 今昔 よもやまばなし』
 十年前の「医学芸術」からの転記で今年前半のTAMC会報にも転載。
*明治百年記念特集・明治時代の奇術展望文;秦豊吉著『明治奇術史』
 今年の5月に入手した古書の全編が、ここに掲載されていたとは~!

昭和43年10月1日、その頃ボランティアサークルのリーダーが、よく口にした女性の名は、頻度の順番にTさん、Mさん、Kさんでした。Tさんは健康的で思いやりのあるお嬢さんタイプ、Mさんは大原麗子さん似の憂いのある女優タイプ、Kさんは聡明で控えめな秘書タイプでした。3人とも、程なくして会を去りましたが、真ん中のKさんとは映画を見たりデートをしたこともありました。1年3ヶ月後に、信州のある地で、ある人との出逢いがありました。それが自分にとって一生を運命付けることになるとは、まだ予想すらしていない二十歳の青春の時でした。
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# by ishiken55 | 2016-08-08 09:45 | マジック エッセイ | Comments(0)

『奇術研究38号』にて小休止

この二ヶ月ほど、昭和31年から23年間続いた季刊誌「奇術研究」の1号から順番に、高木重朗氏の寄稿を調査しています。野暮用が無い日に1冊か2冊のペースにつき、現在44号です。折角、古(いにしえ)の書「奇術研究」を繙くので、高木さんの記事だけではなく、全体に目を通しているため、遅々として進まないのは当然と云えます。高木さんの寄稿は、1号から40号までは一冊も途切れることが無く、また30号までは一冊に2つも3つも掲載されていました。そして38号は色々な意味で自分との関係深いので、暫し立ち止まって小休止。

「奇術研究38号」の発行は昭和40年(1965年)10月1日。自分の奇術(マジック)との出会いは前年の師走でしたが、実際にマジック活動に没頭するようになったのは、昭和40年10月の初旬からでした。何故かと云えば、10月末に母校で初めての文化祭が催され、そこでマジックを演じることになったからです。8号の表紙は「コーンとボール」、冊子の特集も高木さん解説の「新・コーンとボール」です。「コーンとボール」は自分が30才頃までは学生の発表会の定番演目でしたが、その後消えてしまい…残念に思っています。

また、38号には氣賀康夫さんの「欧米奇術界 見聞記」の三回目が掲載されているので、読み返しました。第一章がスライディニ、第二章がダイ バーノンです。スライディニの素晴らしさは常々氣賀さんが云われていて、その原点がここに書かれた体験なのでしょう。バーノンは氣賀さんの~ある質問に「いや、私は奇術を考え出しません。…(中略)…ただ古くからあるものを改良して、自分の手を作ったにすぎないのです。複雑さを取り除いて、手順を簡素化して、寄り道のない要領を得たものにしただけです」と。当時の米国奇術界の巨人との対面は、二十代の青年であった氣賀さんにとり、大きな収穫であったと推測します。

c0049409_9205456.jpgただ、氣賀康夫さんのマジック作品の考え方は、上文に転記したバーノンの言とは、前半は同じですが、後半が異なると感じています。その部分を勝手に書かせて頂ければ、「不自然さを取り除いて、手順に合理性を持たせ、且つ単調な繰り返しを排除しただけです」となるのではないかと思います。秋の所属クラブの発表会の演目を氣賀さんに提供して頂き、そのプレッシャーが地元で元気に育っている瓢箪の如くに肥大し続けています。 

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# by ishiken55 | 2016-07-30 09:41 | マジック エッセイ | Comments(0)

最新の「ハーフダラー六枚」に再生を託す思いとは……

結婚40年を記念して、奥様とご一緒に一ヶ月間アメリカ旅行をされて来られた東京のマッジククラブの仲間Tさんから、2016年製のハーフダラーを六枚お譲り頂いた。正確に云えば…一枚はお土産として頂戴し、後の五枚は格安で譲って頂いた。それにしても、「奥様と一ヶ月の海外旅行なんて…羨ましい~!」と思わぬこともないが、人は夫々好みの生活スタイル~大げさに言えば人生嗜好があり、その枠の中で如何に幸福感を感じられるかだと思っている。…などと書きつつ、やはり羨望の思いが文面に滲み出てしまっているのは否めない?かも~。

ハーフダラーは米国の50¢硬貨であり、ジョン・F・ケネディが表の肖像であることから、ケネディコインなどとも呼ばれている。現在は記念硬貨として特定の場所のみで販売されているそうで、2016年製の新品は美しいし、ケネディさんも輝きを放っていて…より凛々しく見える。また、ハーフダラーは日本のマジシャンに於いても、コインマジックに使用する定番のコインであり、銀が使われた年代の硬貨は高価な値となっているが、最新年の品も50¢硬貨でありながら日本の一番大きい硬貨と同額にてマジックショップ等で販売されている。

2016年のハーフダラー六枚を手にし、コインマジックに関しては、振り返ると十年以上殆ど進歩が無い我。コインマジックは、四十代の後半でマジックの再生を図るべく一念発起した時、カードやスライハンド系の演目とは異なり、再生する元テクが無く、一から勉強を始めた。そして約十年掛けて自分のコインマジックのレパートリーを記載した「コインマジックリスト」と実演時のメモ「コインマジックルーティン」を作成した。その最終更新日は 2004.09.30 と 2005.09.18 。この新硬貨にコインマジックとの疎遠解消を託してみたい思いが~!
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# by ishiken55 | 2016-07-22 11:03 | マジック グッズ | Comments(0)

日本初のアマチュア マジシャンズ クラブ誕生迄の…《軌跡》

このブログ《ちいさいマジックのおうち》を始めてからの数年は、一応社会人としての礼儀はギリギリで保ちつつ、好き勝手な記事を書いておりました。しかし、その後東京のマジック クラブ(TAMC)に入会し、会員から言われた訳ではありませんが、徐々に品位を考えつつ…記事を書くようになりました。その分、当初よりご訪問頂いている方は、記事に面白味が無くなったと感じておられると思います。政治家等も、自由人の時の発言には魅力を感じたのに、政党の一員になった途端に、品行方正な面白味の無い常識事しか言わなくなるのは、世の常でありまして~。

さてさて、組織に入ったからには、中途半端でいるよりも、とことん関わってみようと思い、TAMC創立の経緯を二次元的に表してみました。大正10年に出逢った阿部徳蔵氏(アマチュア奇術研究家)と徳川義親氏(当時侯爵)を一つのグループとし、昭和5年に当初はプロ奇術師の松旭斎天洋氏を中心に発足した緒方知三郎氏と福士政一氏(共に医学教授)のもう一つのグループが、一同に会する昭和7年5月の徳川義親邸での集まりは、TAMC発足の Epochであったと考えます。そして、その場に石田天海師夫妻が同席され、この会との…その後の太いパイプが感じ取れます。

《東京アマチュア・マジシャンズ・クラブ(TAMC)誕生迄の軌跡~図表》
《昭和7年5月,徳川義親侯爵邸における集合写真(坂本圭史氏のご提供)》
  ~を下記に添付します。[図表中の文面は敬称略]

阿部徳蔵 / 徳川義親 グループ

緒方知三郎 / 福士政一 グループ

大正

十年

1921

・徳川義親義親侯爵の南方への壮行会に

 阿部徳蔵が招かれ、マジックを披露。

・以後徳川義親と阿部徳蔵の親交始まる。

・徳川義親の知人宅など数々の場所で、

阿部徳蔵が手広くマジックを披露。

・大正12,13,昭和5年に昭和天皇

に招かれてマジックを三度に渡り披露。

・大正1211月関西で震災孤児救済の
 チャリティ‐奇術公演を、5箇所で開催。

・大正135月に東京でアイヌ研究家の
 英国人救済チャリティ‐奇術公演を開催。

昭和

五年

1930

2月松旭斎天洋「天洋奇術研究所」を開設。

 (場所は京橋区新富町 新富ビル3階)

 研究員は福士政一,緒方知三郎,井上充等。

8月場所を三原橋詰榊原ビル4階へ移転。

昭和

六年

1931

1月に会名を「東京奇術倶楽部」に改称。

 会長は肝付兼英、松旭斎天洋は顧問。

 新たに広瀬渉、鈴木幹之助などが加入。

7月に会場を天洋師の私宅とするが・・・。

 その後清水ビルの一室を借り、会の名を

 「東京奇術研究会」として、天洋とは袂別。

・幹事制とし、会場は会員の私宅を持回り。

 新たに、柴田直光,坂本種芳,などが加入。

昭和

七年

1932

5月に徳川義親邸で帰朝されていた石田天海夫妻を招き、家族的試演会が開催される。

 ここには、阿部徳蔵および「東京奇術研究会」の熱心なアマチュア奇術研究家が集合し、

 阿部 / 徳川 グループと、緒方 / 福士 グループの結集の場となったと推測される。

11月に緒方知三郎博士が仕事で外遊をし、欧米のマジックサークルの実態を遍く視察。

昭和

八年

1933

・初秋の927日に、『東京 アマチュア マジシャンズ クラブ(TAMC)』が創立される。
 同日、四谷見附の三河屋で発会式が催され、松旭斎天洋師は来賓として招かれる。
・会長は福士政一、会員は20名程だったようで英国人のP.Eジョイスも含まれている。
・発足当時の集まり(例会)は、毎月第1と第3木曜日に会長宅で開かれていたもよう。
 木曜日であった理由は、会長の福士を始め、緒方、田宮、颯田が、医学会の重鎮で、
 木曜日の午後は通常手術日ではなく、比較的時間の制約がなかったためとか・・・。
 八十数年後の現在も、TAMCの例会日は変わっていない

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# by ishiken55 | 2016-07-10 17:58 | マジック エッセイ | Comments(4)

浅草で「マジック談義とグルメのツア~」

一昨日(6/28)は浅草へ行きました。待合わせ場所は雷門前,正午に集合。お誘い頂いたのはプロマジシャンのTSUKASAさん=高橋司氏。彼は日本の大手電気メーカーで部長職を務められた後にプロマジシャンに転身された異色の方。三年前SNSで知己となり、以後交流させて貰っています。またTSUKASAさんは自主企画イベント『六本木マジックサロン』を年4回開催されております。浅草で「マジック談義とグルメのツアー」をやりましょうと云われていましたが、三年越しに実現しました。

このツアーの同行者は…同じくプロマジシャンとして活躍されている中島弘幸さん(元トランプマン2号)と麻友子さん。中島弘幸さんに初めてお会いしたのは9年程前になるでしょうか。彼は東京の片隅で半世紀続く…私の出身クラブの発表会を観に来て下さった唯一のプロマジシャンです。また、私のこの6年間の激動(?)の人生を知る唯一のマジシャンでもあり、最近では腎臓の手術をした翌月の今年1月末に、亀有のお好み焼き屋さんで私の後輩を交え、快気祝いをして頂いています。

麻友子さんは7年前の CROSSROAD で初めて拝見。その時のこの‟おうち”の記事(2009/03/30付)には、彼女の「ミリオンカード&ボール」について・・
『イントロのこの演技で、ショーの良い雰囲気が会場内に一気に漂った感あり。ボールやカードがfallするアクシデントも何のその。マジックはテクニックを見せるモノではなく、想いを表現するモノ~今回の私薦MVP!…確りした伎倆があればこその素晴らしいステージでした。』~と認めてありました。
その後プロになられたと聴いていましたが、個人的な面識は無く、今回が初めての顔合せ。お顔が小さく(TSUKASAさんの1/4?)チャーミングなお嬢さんでした。

今回はTSUKASAさんに浅草界隈の穴場を案内して頂く予定でしたが、小雨が降る天候につき、それは次回に取って置くことにして、初めは「ニュー浅草」で会食となりました。この後麻友子さん(彼女はノンアルコール)は所用で帰宅。二件目は「神谷バー」の予定も、生憎の定休日でしたので、芸人さん達がよく集うというお店「水口」へ連れて行って頂きました。昼間からお酒を飲むのは滅多にないことですが、大柄で屈強なマジシャンお二人と痛飲できて、自分が病後のシニア世代であることを忘れしまうほど~楽しいひと時を過ごしました。

※書き込みだけでは、絵空事と思われてしまうので、ツアー時の写真を小さ目にアップします。ただ…11年半の間、自分の写真は掲載して来ませんでしたし、ここでその禁を破るのは忍び難く、“雲形吹き出し”を顔に被せました~ご容赦下さい!

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# by ishiken55 | 2016-06-30 16:53 | マジック エッセイ | Comments(0)

93年前の「チャリティー マジック公演」に思いを寄せて

5月に発生した熊本地震では今でも多くの方が避難生活をしておられると聞きます。
5年前の東日本大震災、21年前の阪神淡路大震災での被害の甚大さは、自分の目で見ているので大地震の恐ろしさは体に染みついています。私が生まれる前にも、多くの大地震が繰り返し発生しているそうで、自分の親の世代が体験した大地震としては、93年前…大正12年9月1日の関東大震災になるでしょう。その大震災の二ヶ月後に、震災孤児救済のためのマジック公演が催されていたことを最近知りました。

その公演のタイトルは~『阿部氏 科学的マジック試演大会』
主催は~『震災孤児救済 阿部氏科学的マジック研究後援会』
そして公演の出演者はアマチュアマジシャンの阿部徳蔵氏、後援会の代表は徳川義親侯爵(尾張徳川家19代当主)でした。その折の案内状と番組表と入場券が今手元にあります。入場券は5枚あり、開催日と開催場所は次のように記されています。

 11月12日;中之島中央公会堂   (弐円)
 11月16日;京都 青年会館      (弐円)
 11月17日;神戸 県議事堂      (弐円)…………00704
 11月21日;県立第一高等女学校講堂(壱円五十銭)…00416
 11月22日;商業会議所      (壱円五十銭)…00693


公演はこの5ヶ所のみであったのかは不明です。また後の2ヶ所は何れの府県なのか特定できません。しかし他の開催場所を考えれば、関西であることは確かでしょう。それにしても、関東大震災の発生から僅か二ヶ月後に、一人のアマチュアマジシャンのみの出演で、このようなチャリティー公演が行われていたことに驚くと共に、畏敬の念を強く感じた次第です。

公演場所の右にカッコで記載したのは、それぞれの入場券代です。大正12年の1円50銭~2円は、現在の貨幣価値に換算すると幾らなのだろうか?~と興味を覚え、ネットで調べてみました。週刊誌&小学校教師初任給は約四千倍、映画&相撲の入場料は約三千倍ですから、換算すると五千円~七千円(平均六千円)と推測されます。また入場料の右の数字はチケット番号のようで、主催者側が保管していたのは最後の番号と考えられます。三つの数字を平均すると約六百枚、これに入場料を掛け合わせると三百六十万円、五回の公演の合計では千八百万円となります。

大阪毎日新聞社が後援をしているので、会場費などは新聞社に負担して貰えたものと考えられますが、案内状,番組表,入場券等の製作費、会場運営のスタッフ費用、また演者の阿部徳蔵氏や司会の吉岡信敬氏の交通費と関西滞在費を差し引いたとしても、このマジック公演で現在のお金にすると千五百万円程の震災孤児救済金が捻出されたものと思われます。一世紀に近い前に、一人のアマチュアマジシャンがこのようなボランティア活動をしていたことに、所属マジッククラブ(TAMC)の一後輩として、第2代会長殿を誇りに感じた今回の資料発掘でありました。

案内状,番組表,入場券の写真を添付します。ただし案内状は長文につき判読しにくいと思いますが、ご容赦ください。
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# by ishiken55 | 2016-06-22 13:46 | マジック ニュース | Comments(0)

「ファンカード」 のワンポイント・レクチャー <パート 8>

今回は、ほぼ7年振りに「ファンカード」のワンポイント・レクチャーの記事を掲載します。ファン レクチャーの<パート 7>で片手正ファンから片手逆ファンに瞬時にファンを開き変える色変わりを解説しました。ただ…その後、2色ではなく、片手だけを使い、連続して4色の色変わりが出来ないものだろうかと考えつつ…悶々とした日々が過ぎて行きました。

2年前の秋のTAMC発表会で「四つ玉」を演じ終え、その直後に次年はファンカードを演じようと思い立ちました。そして、何か新しい技を取り入れたいと思い、昨年のTAMC発表会では「ファンカード」の演技に、今回解説する『片手連続』を組み入れました。この技は、大きなステージよりも小ステージやサロンの方が、色の変化の移ろいが~より映えると思います。
《現 象》
左手には閉じられた4色のファンカード。その黄色の横に、右手に持ったファンカードを開くと、同じ黄色のファンである。右手を緑色の横に移動すると、ファンは青色に変わる。次は赤色のファンに変わり、最後は青色のファンに~連続して変わる。
《道 具》
バックが明確な4色に分けられたファンカード1組(例;UGM製のファンカード)
《動 作》
① デックを2分割し、やや左向きで、左手のカードは客に配色が分かるように縦向きに持ち、右手のカードは片手正ファンで開き、左手のカードの黄色の横に止める。このとき、次の動作の関係からファンは目一杯には開かない。[写真 上段左]

② 右手は、左手の緑色の横に移動する間に、ファンを閉じ、逆ファンで緑色ファンに開く。これは<パート7>で解説したくクイックに行える技。[写真 上段中]

③ 右手の緑色のファンを閉じて、カードを一瞬脇腹に当てて [写真 上段右]に示す位置にずらし、左手の赤色の横に移動して、特殊の片手逆ファンで赤色ファンに開く。このアクトが片手での4色変化を可能にした技であり、ファンを開く途中と開き終わった写真をよ~く参照されたし。[写真 中段左&中]

④ 右手の赤色ファンを閉じ(人差指と中指で開く動作と逆に行う)、間髪を入れずパケットの自重を利用して、親指支点に180度回転させる。[写真 中段右]
即左手の青色の横に移動し、片手逆ファンにて青色ファンに開く。[写真 下段]

このアクトのポイントは③項の箇所です。片手逆ファンを、通常とは180度異なる位置から開くやり方は、2年前の例会の交流時に、氣賀康夫氏がインデックスの見える片手逆ファンの開き方として、ご教示して下さった方法です。この技法を応用することで、『片手連続4色変化』を構成することが出来ました。このアクトを公表するに当たり、現会長に感謝申し上げます。

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# by ishiken55 | 2016-06-09 12:05 | ファン レクチャー | Comments(0)

『TAMC第13回家族会マジック発表会』と『親睦会』の備忘録

母親が認知症を患い、胃瘻を施した後に4年半前に他界した関係から、自分も認知症の遺伝子を抱えている筈だから注意せよ!~と家人から度々告げられています。そう云われると、このところマジック関係の記憶力が衰えて来ている?~と思える節があり、出来るだけ手帳に予定や事後のメモを残すようにしています。…と云うことで、今回の記事は自身への備忘録です。

一昨日の日曜日(5/29)は、アルカディア市ヶ谷で開催の『TAMC第13回家族会マジック発表会』に出演しました。47名の演者が7階の四つの部屋に分かれて演じたのですが…私は“雲取”と云う部屋で、前半最後6番目の演者として「健康手品?」と題して二つのマジックを披露しました。二つ目の演技の最終段で些かアクシデントがあったものの、ダイソーで二個108円で買った金色の健康グッズ”はりやまボール”を落とすことなく、又いつ頃購入したのかが思い出せない”クレージーダイス”と手作りの♥ハートによる格安道具での演技を、無事終えることが出来ました。

c0049409_15562330.jpg発表会後の『親睦会』は、会員と家族が5階の“大雪”に移動して開宴。演技を終えた開放感から、ビールでの乾杯の後はウイスキーの水割りを5,6杯~演技のセリフで「日々人一倍健康に気を付けて生活をしております!」と云った言葉が~私学会館の天井に漂う中での背信行為。宴席の横では、第9代会長 鶴岡鶴吉氏のご遺族が提供された遺品の入札があり、2冊の本を千円と百円で落札しました。共に高木重朗氏の訳本と著書で、訳本は最低入札価格5百円の倍値でゲット(最初のページに高木さんの自筆入り)。小本は4年前の引っ越しで紛失したため、欲しかった冊子でした。


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# by ishiken55 | 2016-05-31 16:24 | マジック ニュース | Comments(0)

最近入手した三冊の奇術古書を読んで思うこと。

今月に入り三冊の奇術古書を入手しました。それを読んで思ったことを少々書こうと思います。ただ…古書と云ってもそれほど古い本ではなく、一番古いものでも私の出生後ですし、一番新しいのは私がマジックを初めてから11年後に発行された本です。希少な本もあり、又入手しようと思えば容易に入手出来る本もありの混合書ながら、この三冊は明治から昭和に掛けての日本の奇術(マジック)界のあゆみを理解するのに大いに役立ちました。その奇術古書とは・・

秦豊吉氏著 『明治奇術史』    昭和27年 私家本として三百部発行
藤瀬雅夫氏著『手品と奇術の遊び方』昭和32年 一般図書で大泉書店発行
松旭斎天洋氏著『奇術と私』    昭和51年 (株)テンヨーより発行

の元になった原稿は昭和19年に他界した奇術研究家 阿部徳蔵氏が書いたとされ、目次の前に「私の知る限りでは日本一の奇術師であった故人阿部徳蔵先生の記念に」と書かれています。題名が示すように、中身は明治期の奇術界のあゆみが書き連ねてあります。そして明治の代表的奇術師として松旭斎天一を挙げ、多くのページを割いてその業績を語っています。しかし、ここに書かれた内容の一部に誤記あるいは思い違いがあると、現代の奇術研究家により指摘されておりますが、明治時代の奇術界の動向を知る原本としての価値は高いと思います。

は戦後に広まった手品を、独学で習得できるように書かれた本と推測されます。手品の解説は、ネタもの系・スライハンド系・そしてカード奇術等が遍く書かれています。ただ、これを読んでマジックの初心者が習得するには説明不足の感は否めませんし、片やマジックの奥義を極めたい愛好家には物足りない内容かも…。私がマジックを始めた当時、この本は巷の書店に置かれていましたが買おうとの思いは涌きませんでした。この本の価値は、書中に掲載のアマチュアマジシャン列伝/巻末の奇術速習二十一講/全国アマチュア奇術グループ一覧/にあると思います。

が出版された経緯は知りませんが、出版の前年に米寿を迎えられた松旭斎天洋師は、明治・大正・昭和を…職業奇術師として、奇術道具の製造販売主として、また優秀な手品師の師匠として存し…その足跡は偉大。生前にこの本が纏められた意義は大きいかったと感じます。著者は天洋師となっていますが、文章の作成には、ご子息や関係者の多大なご助力があったものと思われます。かの初代引田天功師や現在も現役でご活躍の島田晴夫師は天洋師のお弟子さんですし、現在の日本の手品道具販売の最大手テンヨーの元祖であることを思うと、畏敬の念が~。

さて、この三冊の奇術古書を読み終え・・・
職業奇術師(プロマジシャン)を頂点にして
左に奇術研究家(マジッククリエータ) 右に奇術愛好者(アマチュアマジシャン)
のトライアングルが,正形であるのが理想のマジック界であるように感じました。

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# by ishiken55 | 2016-05-21 17:39 | マジック エッセイ | Comments(0)