日本初のアマチュア マジシャンズ クラブ誕生迄の…《軌跡》

このブログ《ちいさいマジックのおうち》を始めてからの数年は、一応社会人としての礼儀はギリギリで保ちつつ、好き勝手な記事を書いておりました。しかし、その後東京のマジック クラブ(TAMC)に入会し、会員から言われた訳ではありませんが、徐々に品位を考えつつ…記事を書くようになりました。その分、当初よりご訪問頂いている方は、記事に面白味が無くなったと感じておられると思います。政治家等も、自由人の時の発言には魅力を感じたのに、政党の一員になった途端に、品行方正な面白味の無い常識事しか言わなくなるのは、世の常でありまして~。

さてさて、組織に入ったからには、中途半端でいるよりも、とことん関わってみようと思い、TAMC創立の経緯を二次元的に表してみました。大正10年に出逢った阿部徳蔵氏(アマチュア奇術研究家)と徳川義親氏(当時侯爵)を一つのグループとし、昭和5年に当初はプロ奇術師の松旭斎天洋氏を中心に発足した緒方知三郎氏と福士政一氏(共に医学教授)のもう一つのグループが、一同に会する昭和7年5月の徳川義親邸での集まりは、TAMC発足の Epochであったと考えます。そして、その場に石田天海師夫妻が同席され、この会との…その後の太いパイプが感じ取れます。

《東京アマチュア・マジシャンズ・クラブ(TAMC)誕生迄の軌跡~図表》
《昭和7年5月,徳川義親侯爵邸における集合写真(坂本圭史氏のご提供)》
  ~を下記に添付します。[図表中の文面は敬称略]

阿部徳蔵 / 徳川義親 グループ

緒方知三郎 / 福士政一 グループ

大正

十年

1921

・徳川義親義親侯爵の南方への壮行会に

 阿部徳蔵が招かれ、マジックを披露。

・以後徳川義親と阿部徳蔵の親交始まる。

・徳川義親の知人宅など数々の場所で、

阿部徳蔵が手広くマジックを披露。

・大正12,13,昭和5年に昭和天皇

に招かれてマジックを三度に渡り披露。

・大正1211月関西で震災孤児救済の
 チャリティ‐奇術公演を、5箇所で開催。

・大正135月に東京でアイヌ研究家の
 英国人救済チャリティ‐奇術公演を開催。

昭和

五年

1930

2月松旭斎天洋「天洋奇術研究所」を開設。

 (場所は京橋区新富町 新富ビル3階)

 研究員は福士政一,緒方知三郎,井上充等。

8月場所を三原橋詰榊原ビル4階へ移転。

昭和

六年

1931

1月に会名を「東京奇術倶楽部」に改称。

 会長は肝付兼英、松旭斎天洋は顧問。

 新たに広瀬渉、鈴木幹之助などが加入。

7月に会場を天洋師の私宅とするが・・・。

 その後清水ビルの一室を借り、会の名を

 「東京奇術研究会」として、天洋とは袂別。

・幹事制とし、会場は会員の私宅を持回り。

 新たに、柴田直光,坂本種芳,などが加入。

昭和

七年

1932

5月に徳川義親邸で帰朝されていた石田天海夫妻を招き、家族的試演会が開催される。

 ここには、阿部徳蔵および「東京奇術研究会」の熱心なアマチュア奇術研究家が集合し、

 阿部 / 徳川 グループと、緒方 / 福士 グループの結集の場となったと推測される。

11月に緒方知三郎博士が仕事で外遊をし、欧米のマジックサークルの実態を遍く視察。

昭和

八年

1933

・初秋の927日に、『東京 アマチュア マジシャンズ クラブ(TAMC)』が創立される。
 同日、四谷見附の三河屋で発会式が催され、松旭斎天洋師は来賓として招かれる。
・会長は福士政一、会員は20名程だったようで英国人のP.Eジョイスも含まれている。
・発足当時の集まり(例会)は、毎月第1と第3木曜日に会長宅で開かれていたもよう。
 木曜日であった理由は、会長の福士を始め、緒方、田宮、颯田が、医学会の重鎮で、
 木曜日の午後は通常手術日ではなく、比較的時間の制約がなかったためとか・・・。
 八十数年後の現在も、TAMCの例会日は変わっていない

c0049409_17565392.jpg

[PR]
# by ishiken55 | 2016-07-10 17:58 | マジック エッセイ | Trackback | Comments(4)

浅草で「マジック談義とグルメのツア~」

一昨日(6/28)は浅草へ行きました。待合わせ場所は雷門前,正午に集合。お誘い頂いたのはプロマジシャンのTSUKASAさん=高橋司氏。彼は日本の大手電気メーカーで部長職を務められた後にプロマジシャンに転身された異色の方。三年前SNSで知己となり、以後交流させて貰っています。またTSUKASAさんは自主企画イベント『六本木マジックサロン』を年4回開催されております。浅草で「マジック談義とグルメのツアー」をやりましょうと云われていましたが、三年越しに実現しました。

このツアーの同行者は…同じくプロマジシャンとして活躍されている中島弘幸さん(元トランプマン2号)と麻友子さん。中島弘幸さんに初めてお会いしたのは9年程前になるでしょうか。彼は東京の片隅で半世紀続く…私の出身クラブの発表会を観に来て下さった唯一のプロマジシャンです。また、私のこの6年間の激動(?)の人生を知る唯一のマジシャンでもあり、最近では腎臓の手術をした翌月の今年1月末に、亀有のお好み焼き屋さんで私の後輩を交え、快気祝いをして頂いています。

麻友子さんは7年前の CROSSROAD で初めて拝見。その時のこの‟おうち”の記事(2009/03/30付)には、彼女の「ミリオンカード&ボール」について・・
『イントロのこの演技で、ショーの良い雰囲気が会場内に一気に漂った感あり。ボールやカードがfallするアクシデントも何のその。マジックはテクニックを見せるモノではなく、想いを表現するモノ~今回の私薦MVP!…確りした伎倆があればこその素晴らしいステージでした。』~と認めてありました。
その後プロになられたと聴いていましたが、個人的な面識は無く、今回が初めての顔合せ。お顔が小さく(TSUKASAさんの1/4?)チャーミングなお嬢さんでした。

今回はTSUKASAさんに浅草界隈の穴場を案内して頂く予定でしたが、小雨が降る天候につき、それは次回に取って置くことにして、初めは「ニュー浅草」で会食となりました。この後麻友子さん(彼女はノンアルコール)は所用で帰宅。二件目は「神谷バー」の予定も、生憎の定休日でしたので、芸人さん達がよく集うというお店「水口」へ連れて行って頂きました。昼間からお酒を飲むのは滅多にないことですが、大柄で屈強なマジシャンお二人と痛飲できて、自分が病後のシニア世代であることを忘れしまうほど~楽しいひと時を過ごしました。

※書き込みだけでは、絵空事と思われてしまうので、ツアー時の写真を小さ目にアップします。ただ…11年半の間、自分の写真は掲載して来ませんでしたし、ここでその禁を破るのは忍び難く、“雲形吹き出し”を顔に被せました~ご容赦下さい!

c0049409_16493378.jpgc0049409_16484993.jpg
[PR]
# by ishiken55 | 2016-06-30 16:53 | マジック エッセイ | Trackback | Comments(0)

93年前の「チャリティー マジック公演」に思いを寄せて

5月に発生した熊本地震では今でも多くの方が避難生活をしておられると聞きます。
5年前の東日本大震災、21年前の阪神淡路大震災での被害の甚大さは、自分の目で見ているので大地震の恐ろしさは体に染みついています。私が生まれる前にも、多くの大地震が繰り返し発生しているそうで、自分の親の世代が体験した大地震としては、93年前…大正12年9月1日の関東大震災になるでしょう。その大震災の二ヶ月後に、震災孤児救済のためのマジック公演が催されていたことを最近知りました。

その公演のタイトルは~『阿部氏 科学的マジック試演大会』
主催は~『震災孤児救済 阿部氏科学的マジック研究後援会』
そして公演の出演者はアマチュアマジシャンの阿部徳蔵氏、後援会の代表は徳川義親侯爵(尾張徳川家19代当主)でした。その折の案内状と番組表と入場券が今手元にあります。入場券は5枚あり、開催日と開催場所は次のように記されています。

 11月12日;中之島中央公会堂   (弐円)
 11月16日;京都 青年会館      (弐円)
 11月17日;神戸 県議事堂      (弐円)…………00704
 11月21日;県立第一高等女学校講堂(壱円五十銭)…00416
 11月22日;商業会議所      (壱円五十銭)…00693


公演はこの5ヶ所のみであったのかは不明です。また後の2ヶ所は何れの府県なのか特定できません。しかし他の開催場所を考えれば、関西であることは確かでしょう。それにしても、関東大震災の発生から僅か二ヶ月後に、一人のアマチュアマジシャンのみの出演で、このようなチャリティー公演が行われていたことに驚くと共に、畏敬の念を強く感じた次第です。

公演場所の右にカッコで記載したのは、それぞれの入場券代です。大正12年の1円50銭~2円は、現在の貨幣価値に換算すると幾らなのだろうか?~と興味を覚え、ネットで調べてみました。週刊誌&小学校教師初任給は約四千倍、映画&相撲の入場料は約三千倍ですから、換算すると五千円~七千円(平均六千円)と推測されます。また入場料の右の数字はチケット番号のようで、主催者側が保管していたのは最後の番号と考えられます。三つの数字を平均すると約六百枚、これに入場料を掛け合わせると三百六十万円、五回の公演の合計では千八百万円となります。

大阪毎日新聞社が後援をしているので、会場費などは新聞社に負担して貰えたものと考えられますが、案内状,番組表,入場券等の製作費、会場運営のスタッフ費用、また演者の阿部徳蔵氏や司会の吉岡信敬氏の交通費と関西滞在費を差し引いたとしても、このマジック公演で現在のお金にすると千五百万円程の震災孤児救済金が捻出されたものと思われます。一世紀に近い前に、一人のアマチュアマジシャンがこのようなボランティア活動をしていたことに、所属マジッククラブ(TAMC)の一後輩として、第2代会長殿を誇りに感じた今回の資料発掘でありました。

案内状,番組表,入場券の写真を添付します。ただし案内状は長文につき判読しにくいと思いますが、ご容赦ください。
c0049409_13352842.jpg

c0049409_1341885.jpgc0049409_13443393.jpg
[PR]
# by ishiken55 | 2016-06-22 13:46 | マジック ニュース | Trackback | Comments(0)

「ファンカード」 のワンポイント・レクチャー <パート 8>

今回は、ほぼ7年振りに「ファンカード」のワンポイント・レクチャーの記事を掲載します。ファン レクチャーの<パート 7>で片手正ファンから片手逆ファンに瞬時にファンを開き変える色変わりを解説しました。ただ…その後、2色ではなく、片手だけを使い、連続して4色の色変わりが出来ないものだろうかと考えつつ…悶々とした日々が過ぎて行きました。

2年前の秋のTAMC発表会で「四つ玉」を演じ終え、その直後に次年はファンカードを演じようと思い立ちました。そして、何か新しい技を取り入れたいと思い、昨年のTAMC発表会では「ファンカード」の演技に、今回解説する『片手連続』を組み入れました。この技は、大きなステージよりも小ステージやサロンの方が、色の変化の移ろいが~より映えると思います。
《現 象》
左手には閉じられた4色のファンカード。その黄色の横に、右手に持ったファンカードを開くと、同じ黄色のファンである。右手を緑色の横に移動すると、ファンは青色に変わる。次は赤色のファンに変わり、最後は青色のファンに~連続して変わる。
《道 具》
バックが明確な4色に分けられたファンカード1組(例;UGM製のファンカード)
《動 作》
① デックを2分割し、やや左向きで、左手のカードは客に配色が分かるように縦向きに持ち、右手のカードは片手正ファンで開き、左手のカードの黄色の横に止める。このとき、次の動作の関係からファンは目一杯には開かない。[写真 上段左]

② 右手は、左手の緑色の横に移動する間に、ファンを閉じ、逆ファンで緑色ファンに開く。これは<パート7>で解説したくクイックに行える技。[写真 上段中]

③ 右手の緑色のファンを閉じて、カードを一瞬脇腹に当てて [写真 上段右]に示す位置にずらし、左手の赤色の横に移動して、特殊の片手逆ファンで赤色ファンに開く。このアクトが片手での4色変化を可能にした技であり、ファンを開く途中と開き終わった写真をよ~く参照されたし。[写真 中段左&中]

④ 右手の赤色ファンを閉じ(人差指と中指で開く動作と逆に行う)、間髪を入れずパケットの自重を利用して、親指支点に180度回転させる。[写真 中段右]
即左手の青色の横に移動し、片手逆ファンにて青色ファンに開く。[写真 下段]

このアクトのポイントは③項の箇所です。片手逆ファンを、通常とは180度異なる位置から開くやり方は、2年前の例会の交流時に、氣賀康夫氏がインデックスの見える片手逆ファンの開き方として、ご教示して下さった方法です。この技法を応用することで、『片手連続4色変化』を構成することが出来ました。このアクトを公表するに当たり、現会長に感謝申し上げます。

c0049409_1145074.jpgc0049409_1143527.jpgc0049409_11392775.jpg
c0049409_11481861.jpgc0049409_11574766.jpgc0049409_11562222.jpg
c0049409_1231010.jpg

[PR]
# by ishiken55 | 2016-06-09 12:05 | ファン レクチャー | Trackback | Comments(0)

『TAMC第13回家族会マジック発表会』と『親睦会』の備忘録

母親が認知症を患い、胃瘻を施した後に4年半前に他界した関係から、自分も認知症の遺伝子を抱えている筈だから注意せよ!~と家人から度々告げられています。そう云われると、このところマジック関係の記憶力が衰えて来ている?~と思える節があり、出来るだけ手帳に予定や事後のメモを残すようにしています。…と云うことで、今回の記事は自身への備忘録です。

一昨日の日曜日(5/29)は、アルカディア市ヶ谷で開催の『TAMC第13回家族会マジック発表会』に出演しました。47名の演者が7階の四つの部屋に分かれて演じたのですが…私は“雲取”と云う部屋で、前半最後6番目の演者として「健康手品?」と題して二つのマジックを披露しました。二つ目の演技の最終段で些かアクシデントがあったものの、ダイソーで二個108円で買った金色の健康グッズ”はりやまボール”を落とすことなく、又いつ頃購入したのかが思い出せない”クレージーダイス”と手作りの♥ハートによる格安道具での演技を、無事終えることが出来ました。

c0049409_15562330.jpg発表会後の『親睦会』は、会員と家族が5階の“大雪”に移動して開宴。演技を終えた開放感から、ビールでの乾杯の後はウイスキーの水割りを5,6杯~演技のセリフで「日々人一倍健康に気を付けて生活をしております!」と云った言葉が~私学会館の天井に漂う中での背信行為。宴席の横では、第9代会長 鶴岡鶴吉氏のご遺族が提供された遺品の入札があり、2冊の本を千円と百円で落札しました。共に高木重朗氏の訳本と著書で、訳本は最低入札価格5百円の倍値でゲット(最初のページに高木さんの自筆入り)。小本は4年前の引っ越しで紛失したため、欲しかった冊子でした。


c0049409_16191824.jpgc0049409_16202322.jpg
[PR]
# by ishiken55 | 2016-05-31 16:24 | マジック ニュース | Trackback | Comments(0)

最近入手した三冊の奇術古書を読んで思うこと。

今月に入り三冊の奇術古書を入手しました。それを読んで思ったことを少々書こうと思います。ただ…古書と云ってもそれほど古い本ではなく、一番古いものでも私の出生後ですし、一番新しいのは私がマジックを初めてから11年後に発行された本です。希少な本もあり、又入手しようと思えば容易に入手出来る本もありの混合書ながら、この三冊は明治から昭和に掛けての日本の奇術(マジック)界のあゆみを理解するのに大いに役立ちました。その奇術古書とは・・

秦豊吉氏著 『明治奇術史』    昭和27年 私家本として三百部発行
藤瀬雅夫氏著『手品と奇術の遊び方』昭和32年 一般図書で大泉書店発行
松旭斎天洋氏著『奇術と私』    昭和51年 (株)テンヨーより発行

の元になった原稿は昭和19年に他界した奇術研究家 阿部徳蔵氏が書いたとされ、目次の前に「私の知る限りでは日本一の奇術師であった故人阿部徳蔵先生の記念に」と書かれています。題名が示すように、中身は明治期の奇術界のあゆみが書き連ねてあります。そして明治の代表的奇術師として松旭斎天一を挙げ、多くのページを割いてその業績を語っています。しかし、ここに書かれた内容の一部に誤記あるいは思い違いがあると、現代の奇術研究家により指摘されておりますが、明治時代の奇術界の動向を知る原本としての価値は高いと思います。

は戦後に広まった手品を、独学で習得できるように書かれた本と推測されます。手品の解説は、ネタもの系・スライハンド系・そしてカード奇術等が遍く書かれています。ただ、これを読んでマジックの初心者が習得するには説明不足の感は否めませんし、片やマジックの奥義を極めたい愛好家には物足りない内容かも…。私がマジックを始めた当時、この本は巷の書店に置かれていましたが買おうとの思いは涌きませんでした。この本の価値は、書中に掲載のアマチュアマジシャン列伝/巻末の奇術速習二十一講/全国アマチュア奇術グループ一覧/にあると思います。

が出版された経緯は知りませんが、出版の前年に米寿を迎えられた松旭斎天洋師は、明治・大正・昭和を…職業奇術師として、奇術道具の製造販売主として、また優秀な手品師の師匠として存し…その足跡は偉大。生前にこの本が纏められた意義は大きいかったと感じます。著者は天洋師となっていますが、文章の作成には、ご子息や関係者の多大なご助力があったものと思われます。かの初代引田天功師や現在も現役でご活躍の島田晴夫師は天洋師のお弟子さんですし、現在の日本の手品道具販売の最大手テンヨーの元祖であることを思うと、畏敬の念が~。

さて、この三冊の奇術古書を読み終え・・・
職業奇術師(プロマジシャン)を頂点にして
左に奇術研究家(マジッククリエータ) 右に奇術愛好者(アマチュアマジシャン)
のトライアングルが,正形であるのが理想のマジック界であるように感じました。

c0049409_1726585.jpgc0049409_17294046.jpg
[PR]
# by ishiken55 | 2016-05-21 17:39 | マジック エッセイ | Trackback | Comments(0)

荻窪の「邪宗門」訪問 & 関東大学奇術連盟の「春連」鑑賞

5月3日(火)の憲法記念日は、MN7で精力的に活動をされている中村安夫さんから声を掛けて頂き、荻窪の邪宗門を訪問し風路田和枝さん(故・風路田正利氏の夫人)と歓談後、西東京市民会館公会堂で開催の関東大学奇術連盟の春連を鑑賞して来ました。邪宗門は丁度半世紀前に興味本位で2度程コーヒーを飲みに行ったことがあり、お店の場所は憶えておりましたが、店内の装飾品等は記憶が残っていませんでした。和枝夫人は今でも喫茶店をお一人で営まれているそうで、そのことに驚くと共に、石田天海賞を主催されていた当時のご主人の周辺の出来事について詳細なお話をされ、ご高齢とは思えぬ記憶の良さにビックリしました。

邪宗門には濱谷堅蔵さんと小林恵子さんもご一緒し、私は皆さんの話を、唯々拝聴するだけでしたが、自分の知らない邪宗門クラブの姿をおぼろげ乍ら想像することが出来ました。邪宗門を辞する間際に、1956年 Charity Circle Theaterで行われたSAM主催の“HOCUS POCUS'56”に天海夫妻が出演された貴重なプログラムを拝見させて頂いたり、小野坂東氏の天海賞受賞記念の本や風路田氏が発行されていたニューマジック誌などを頂戴したりしました。田無に着いてから中村さんと二人になった折、1時間程甘味を食しつつ歓談をした中では、終戦直後の貴重な資料を頂戴しました。この日は正に“Great Present Day!”でありました。

西東京市民会館公会堂へは小林恵子女史の愛車に乗せて頂きました。同乗の方には話しませんでしたが、走行した青梅街道は、練馬に住んでいた時に自車でよく走った所なので懐かしく思いました。その後開場までゆったりと時間があったものの、色々とアクシデントがあって開演間際に息を切らせつつホールに到着しました。会場内で、また帰路の田無駅前で、私の母校の奇術部の現役部員12名に遭遇したのには驚きました。「こんな遠くによく来たね!」と云ったものの、自分の方が倍上以遠方の茨城の田舎から来たことに気付き~思わず苦笑。

さて、今年の“春連”で好印象の演技を挙げてみることに…
鉄羅由奈さん(法政)のフラワー
花の出現がシンプルでありながら、艶やかなボリューム感があって、見応えあり。
ちんちくりんぐぴょこさん(成蹊)のリング
2本リングが長い感じがするも~3本~4本への増加のステップがとても美しく。
さてさて、男子も一人挙げねば、男女のバランスが取れないので…
Motoki T.さん(東大)の四つ玉
ピエロに扮した演出は面白かった。玉技をBrush upすると演技が映えると思った。

c0049409_10493196.jpgc0049409_10525332.jpgc0049409_10462355.jpg
c0049409_10544345.jpg

[PR]
# by ishiken55 | 2016-05-06 10:58 | マジック ニュース | Trackback | Comments(0)

恒例の平塚合宿に参加しました。

先週の土日は所属マジッククラブ(TAMC)恒例の平塚合宿に参加しました。合宿で得た経験が hot なうちに記事を書こうと思いつつ…その翌日は、一週間前から気になっていた腹部の痛みの診察に行き~血液検査を、その又翌日もその続きで~エコー検査を受診。診断結果は原因不明?とのことで、10日ほど様子見となりました。これで特上鰻重が2回食べられる費用が消失。今月初めは手術後の定期検診が2回、高血圧診察が1回、トータルすると一週間連続で昼に特上鰻重が食べられる費用が霧散。故に最近の昼食は480円のラーメン(これも好物)です。

今週は「阿部徳蔵氏の業績研究」レポートの最終追い込みで、昨日やっと完成しました。レポートのページ数は145枚。PDFデータ化の前の原稿、書籍等のコピーや切り貼り、そして失敗紙面~これらは仕上がりページの倍の300枚ほど。2月中旬からのライフワークは一応終了しました。ただ、完成したレポートを読み返したら、気になるページが3枚。簡単には差替えが出来ない内容につき、日曜日に元ネタを仕入れ、本当の最終版にしようと思っています。・・・と云っても、これはクラブの専占事、これよりは少しオフィシャルな平塚合宿の話に戻しましょう。

研修会の会場にいた24時間の間に色々な行事がありましたが、自分としては次の二つの講座が自分の演じるスタイルと一致していたので、印象に残りました。この2作品は自分のレパートリーに加えられるようにしたいと思っています。
・氣賀会長の全体研修講座 : 「コインとハンカチのファンタジー」
・M.Mさんの分科会研修講座: 「スリーカードモンテ」

私~いしけんも、土曜夜9時からの分科会研修で「基本のシングル・ウォンド」の講座を担当させて頂きました。7時からの懇親会でお酒を飲んだ後につき、どのような講習をしたのか記憶が半分程しかありません。受講された方からは~呂律が回っていなかったよ~と云われる始末。時間も予定では9時から11時迄でしたが、30分早めに終わり、飲み会の方に加わったことは覚えています。まぁ…がん病を経た身として、今年も無事に参加出来て良かったです。

c0049409_16243928.jpgc0049409_16233249.jpgc0049409_1633547.jpg
[PR]
# by ishiken55 | 2016-04-29 16:36 | マジック ニュース | Trackback | Comments(0)

MN7主催「第2回石田天海フォーラム」に参加して~そして~

一昨日の日曜日(4/17)は、江戸東京博物館(会議室)にて開催されたMN7主催の『第2回 石田天海フォーラム』に行きました。今回のプレゼンターは、テンヨー社のターベルコース翻訳者でカード奇術の研究家として知られる加藤英夫氏と、奇術史の研究&奇術文献の収集で著名な河合勝氏でした。今回は一番前の席に座らせて貰ったので、拝聴する気持ちが精鋭化して、お二人の解説に次々と興味を喚起されつつ…あっと云う間の3時間半でした。

加藤さんの話は、天海師の米国滞在時マジック誌に掲載された天海師に関する記事を追うという一貫した流れで解説され、天海師が如何に米国のマジック界でその地位を築いて行ったかが、理解出来る内容でした。個人的には1年半前に、ターベルコースの1巻に掲載された「Tenkai’s Reverse Mystery」に興味を覚え、この作品を所属クラブで当時紹介をしたりしたので、加藤さんの“Tenkai Revolve”の説明に納得することしきり。自分はこの天海作品がヒントになり、ルポールの「A reverse Card Routine」に繋がった気がしています。先ほど「天海ダイアリー」をざっと拝見、何ともビックな春のお年玉でした。

河合さんの話は、明治期からの天海師の生い立ちを含め、日本での足跡を追った内容。河合さんの奇術資料の収集は半端ではなく、一年前にも個人的に見せ頂いた天海師夫妻の実物のパスポートを始め、天海師のポスターやプログラム等々。また天海師のタバコやカードのフォルダーの実物を見て作られた複製も拝見。中部地区の奇術クラブは、天海師から、また弟子の松浦天海師を介して、天海マジックの影響を受けて来たそうです。河合さんは話しの最後を、天海師の孫弟子とも云えるマーカ・テンドーさんの若き日のミリオンカードの演技映像で締め括りました。見栄えのする容貌と高い伎量、そして品位のある演技…今の日本には彼に勝るステージのプロマジシャンは見当たりません。

フォーラムの後、居酒屋「土間土間」での懇親会に参加しました。せっかく関西から来られているので、石田隆信氏と多く話をさせて頂きました。フレンチドロップの最新コラムに書かれた「カップ&ボール」や以前書かれた「サーストンの三原則」についてなど、私の方から無理やり話題を振った感がありましたが~。

今回天海フォーラムに参加した思い掛けない収穫?…会場で河合さんにご挨拶をした折に、ある質問を受けました。それが気になり翌日調べ事をしたら、自分が今まとめている「阿部徳蔵氏の業績研究」で、とんでもない間違いをしていることに気付きました。<いやいや、困った~困った!>
c0049409_17203377.jpg

c0049409_1726295.jpgc0049409_17241760.jpg
[PR]
# by ishiken55 | 2016-04-19 17:30 | マジック ニュース | Trackback | Comments(0)

「第6回奇術を語る会」から学んだことは・・・

先週の火曜日(3/29)、横浜中華街の翡翠楼本館で行われた『第6回奇術を語る会』に参加しました。2009年1月に初めて行われ、今回が6回目。2013年3月の第3回は参加していませんので、自分としては5回目の参加でした。YMGとTAMCのメンバー3名ずつによるプライベートな会は、YMGの中村氏が幹事役となり日程などの調整をして頂いています。

毎回同じ開催場所なのですが、一昨年などは目指すお店がなかなか見つからず、遅刻したことがあるため、今回はJR石川町駅に予定の1時間以上前に到着し、中華街を通り山下公園まで散歩をし、懐かしい〝氷川丸〟や〝みなとみらい地域〟を眺めてから折り返し、集合場所のお店へ15分前に一番乗り。ここ3回同じメンバーによる集まりは、直後に全員集合!

3時間の「中華コース+飲み放題」につき、ゆっくり食事をしながら『奇術を語る』に突入。中村氏からは種々の情報提供、氣賀氏からは洒落たオリジナル奇術のご披露、長老の鈴木氏からは専用スーツを着用されてアイディア満載のカード奇術をお見せ頂きました。昨年の師走に険しい一山を超えた当方は、蓄ネタ池の燃料切れにて、紹興酒飲み専門に終始しました。
c0049409_1725150.jpg
※今回の『奇術を語る会』から学んだこと。
 先人の優れた作品は~熱意を持って学び、
 継承する中で~不自然な部分を改変して、
 次の世代へ~より優れた作品を、隠さず、
 伝え継ぐことが大切なのだ~と云う事を。



c0049409_17362236.jpg

[PR]
# by ishiken55 | 2016-04-04 17:38 | マジック エッセイ | Trackback | Comments(0)

多湖輝先生のご逝去を悼む

先週の火曜日の朝(3/15)、NHKの朝ドラを見てから机上のPCメールを開くと、所属マジッククラブ(TAMC)の会長から多湖輝先生の訃報連絡が来ていました。多湖先生は私が所属するクラブの元会長ですが、心理学がご専門の先生、「頭の体操」の著書で広く知られた著名人でした。近年日テレ系「世界一受けたい授業」に出演されていたので、「頭の体操」を知らない若い世代もお姿を見ていることと思います。3月6日に亡くなられ、享年91(大正15年生れ)。クラブのイベントの折には毎回挨拶に立たれ、歯切れのよい語り口は最後まで衰えがありませんでした。心よりご冥福をお祈り申し上げます。

私がマジッククラブに入会した9年前は、新会員は強制的(?)に大会委員会に組み入れられました。そのため‘08年3月から、月一で日曜日に行われる大会委員会に出席することになりました。集まる場所は多湖先生が仕事場にされている月島のマンションの最上階のお部屋。そこには秘書さんがおられ、お茶やお菓子を毎回出して頂きましたが、多湖先生は大会委員ではありませんので、別室で執務をされていて、会合には時折お顔を出される程度でした。会合に加わる時はマジックへの慕情を強く持たれている印象を受けました。その場が自分に取って“頭の体操の先生”を身近で接する初めての機会でありました。

この『ちいさいマジックのおうち』の検索コーナーで“多湖輝”と入力したら、8つの記事が出て来ました。それを読み返すと、多湖先生の思い出が色々と蘇って来ました。その中から特に印象深い2つの記事について、振り返ることにします。

2010/09/16の記事 『マジシャンズクラブ(TAMC)の湘南合宿研修会から』
 この合宿の当日の夜は分科会講習があり、私が講師を担当した「リングとロープ」の分科会の参加メンバー5人の中の一人が多湖先生でした。ちゃんとご自分で道具を持って来られ、手にされましたが、「いや~この手品むずかしいね~」と云われ、にこにこしながら手を動かされていた姿が昨日のことのように目に浮かびます。

2013/11/13の記事 『TAMC創立80周年記念「第68回マジック発表会」の回想記』
 この回は大会直前に出演が決まり、5年前に演じた「リングとロープ」を再演しました。多湖先生は「お土産マジックの紹介」を担当され、「私も昔はステ~キなマジシャンだったのに、今は演技をやらせてもらえず、今回はお土産マジックの担当です」などと、ユーモアを交えて元気に話をされていたのが今も耳に残ります。

※写真は、3月16日の東京新聞朝刊に掲載された多湖輝先生の訃報記事です。
c0049409_21273697.jpg

[PR]
# by ishiken55 | 2016-03-22 21:32 | マジック ニュース | Trackback | Comments(0)

「Trump」と「トランプ」と「とらんぷ」

今年の11月に行われるアメリカ大統領選挙の共和党候補の一番手として支持されているDonald John Trump 。日本のマスコミではトランプ氏と表示されているので、日本人は親しみのある名前に思えている方が多いことでしょう。ましてや我々のように手品を趣味にしている者にとっては尚更です。ただ、ゲーム用のカードを“トランプ”と呼ぶのは日本だけ。欧米では“プレーイング・カード”と云うそうで、アメリカ人の彼の名に抱く感覚は日本人とは異なるのは自明です。

昨年から、戦前に奇術研究家として活動した阿部徳蔵と云う人物の研究を進めて来ました。この研究は個人ではなく、東京のマジッククラブ内の研究委員会で行なっていることなので、研究の中身は公表出来ませんが、この人物が昭和13年(1638年)に第一書房から『とらんぷ』と云う著書を出しています。装丁もキレイで、多くのページにトランプの写真が掲載され、一部はカラー写真が使われています。自分は昨年1月にネット古書店から購入したので今手元に置いています。

さて、トランプと云う名称は日本人の命名とされています。それは英語の<Trump=切り札>からの転用につき、外来語と言ってもよいでしょう。それでは、阿部徳蔵は何故自分の著書の題名を、『トランプ』とせずに『とらんぷ』としたのでしょうか。そこには欧米の奇術書を熱心に取り寄せ、解読した彼にとっては、あの53枚の札からなるプレーイング・カードをトランプと呼ぶのは何とも軽々しく思え、日本人の転造語をしなやかな平仮名表記にしたのではないでしょうか。

その『とらんぷ』の表題などを添付します。
さて、ご訪問の皆さまはどう思われますか?
トランプ大統領が誕生したら…と思うと○○!

c0049409_11212149.jpgc0049409_11263182.jpg
c0049409_11232361.jpg
[PR]
# by ishiken55 | 2016-03-12 11:29 | マジック エッセイ | Trackback | Comments(0)